*無法投区/雪解月

〜雪解や雪は無言を貫きぬ〜


*ぼたん雪とけて昭和の色消える=資料官

国鉄時代に車両の色として採用された「国鉄色」が消えようとしている。この国鉄色は昭和の色といっても過言ではない。戦前は蒸気機関車(SL)は黒(黒),電気機関車や客車はぶどう色(ぶどう色2号)が統一的に採用されてきたが,戦後昭和25年に登場した湘南電車に緑(緑2号)と橙(黄かん色),昭和31年の特急はと・つばめの淡緑(淡緑5号)が使用されたあたりが国鉄色多色使用の始まりだろう。昭和33年に東海道本線に登場した特急こだまにクリーム色(クリーム4号)と赤(赤2号)が使われ,この色が国鉄特急列車(EC,DC)の標準色となった。さらに,同年に登場した寝台特急は青(青15号→青20号)とクリーム(クリーム1号)が使われ,以降この色の組み合わせで特急寝台車は増備され,ブルートレインの名が定着したのである。昭和42年には寝台特急電車が登場しているが,寝台特急に使われた青(15号)とクリーム(1号)の組み合わせであった。
東京の国電も中央線(オレンシ゛(朱色1号)),山手線(ウク゛イス色(黄緑6号)),京浜東北線(青(青22号)),総武線(カナリヤイエロー(黄5号)),常磐線(エメラルト゛ク゛リーン(青緑1号))においてそれぞれ路線別の国鉄色が定められた。そもそも誤乗車を避けるための措置であったが,路線を表す色となったようだ。現在電車はステンレス車両に置き換わったが,この色は電車の帯に残されている。

●淡雪やさらば昭和の電車たち
●ぼたん雪とけて昭和の色消える
●春一番ダイヤ改正時刻表
●いさぶろう戻りしんぺい山笑う
●春泥や無人駅まで急ぐ道

この国鉄色が定着してから30年後には国鉄は民営化されJR6社に分割,このあたりから国鉄色が衰退を迎える。平成に入りJR各社の個性的な車両の開発,昭和の車両のリニューアルにより,次第に国鉄色の活躍の場が減少してきた。最近はリバイバル国鉄色のイベント列車も走っているが,実質的にはそろそろ終焉を迎えようとしている。いよいよ九州新幹線の開業であるが,JR九州においても昭和の旧国鉄時代の特急電車が姿を消すらしい。惜別の念をこめて昭和の色をした国鉄色列車の往年の姿を紹介する。



1:1971年10月10日信越本線横川駅
189系特急あさま 特急こだまの流れをくむ代表的な直流区間の特急電車

2:1970年9月6日山陽本線 下関駅
581系特急金星 昭和42年に登場した寝台電車。昼間は普通の特急電車として走り続けた。やはり,クリームと青の組み合わせ。



3:1971年4月7日 中央線飯田橋−市ヶ谷
101系中央線快速電車 首都圏の国電の色分けのはしり。中央線のオレンジ電車が定着した

4:1968年3月25日 上野駅
キハ81系 特急はつかり 特急用ディーゼルカーの走り。運行開始当初は事故が続出。はつかりガッカリ事故ばっかりといわれた。



5:1971年7月20日東海道線大阪駅
キハ82系特急白鳥 全国を走りぬけた代表的な特急用ディーゼルカー

6:1971年11月26日肥薩線 大畑駅スイッチバック
キハ58系急行えびの 全国を謳歌した代表的な急行用ディーゼルカー

平成23年3月5日から東北新幹線にはやぶさが走り出しました。昭和の色とはまったく違う平成の新しい色ですね。



2011年3月5日DEBUT!
青森発朝一番の東北新幹線E5系はやぶさ。東京駅着も間近。
寒風吹きさらしの日暮里陸橋から

●あおあおと初はやぶさや冴え返る


かごんま日記:「春と修羅 序」= スライトリ・マッド

2011年2月18日(金)

チェックする今日の風向き春寒し

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
(あるひは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるひは地史といふものも
それのいろいろの論料(データ)といつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発堀したり
あるひは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます

新燃その後。今日夕方まで何ともなかったのに、6時過ぎに突然道路が埃っぽくなり硫黄臭くなった。用事で空港方面に行く途中に遭遇した出来事。前が見えないほどでフォグランプをつけて走る車も多い。火山灰だ!はて、桜島?新燃?もう暗くなっていてどちらか?わからない。ニュースで新燃の爆発を知る。私の住む隼人町に火山灰が飛んできたのは初めてのこと。とうとう来たか!特に溝辺鹿児島空港付近がひどく、全日空の1便が着陸できずに、最寄りの熊本空港まで飛んだとのこと。鹿児島発の2便も欠航。テレビの天気予報の最後に風向き予想が流れるが、これまでは桜島だけだったのが、最近新燃岳も加わった。毎朝、洗濯物を外に干せるか?窓を開けられるか?を風向きで決める。火山は、温泉だけでなく、その独特で美しい景観、湧水、肥沃な土壌、地熱発電など多くの恵みをもたらしてくれる反面、火山活動が活発化すると、恐ろしい火砕流や火山泥流が起こり得る。雨が降れば土石流も。付近の住民は、こういう危険な状況から逃れるために避難生活を強いられるし、一般生活のみならず、地域の産業のいろんな面に火山はダメージをもたらす。鹿児島県のシンボル、ミヤマキリシマへの被害も懸念されている。降灰が多い山頂付近ではミヤマキリシマがどこにあるかわからないほど、グレー一色になっていて。埋もれている可能性が強いらしい。光合成や呼吸ができないと枯死する。いったん枯死すると再生するまで10年以上かかる可能性があるらしい。火口から半径4キロは入山規制が継続中で植物の調査など手が付けられていないのが実情。農林水産の第一次産業、商業も。霧島温泉郷の観光産業はキャンセル続きで大変とのこと。夜のニュースで新燃岳が取り上げられると、ホテルや旅館に、直後にキャンセルの電話がかかってくるそうだ。天災故に、キャンセル料ももらえないとのことで気の毒。風評被害というやつ。その影響で、我が家の近くのホテル京セラ、空港ホテル、国分のホテルや旅館に、観光客が流れて来ているとのこと。こちらはうれしい悲鳴か。

先々月の米ワシントンポスト紙に「日本のジェームスボンド火山が噴火」と報じられていた。ウォールストリートジャーナル紙も「『007』で登場の火山、52年振りに噴火」と。そう!「007は2度死ぬ」(1967)に出てきた、敵のミサイル基地の舞台は霧島山系の新燃岳だったのだ。若かりし頃のボンドことショーンコネリー、丹波哲郎、浜美枝、若林映子、う〜ん、懐かしい。

*『春と修羅 序』 宮澤賢治 (1922) より引用


■編集後記

3月のひな祭月間ということで、「丘ふみ」雛壇には女性陣の素敵な句がずらり勢揃いしました。(なーんて、毎月のことのようではありますが・・・)
特に夏海さんのAB部門での一席二席独占は「丘ふみ」始まって以来の快挙達成です。全6句の合計点76点は丘ふみ史上最高得点ではないでしょうか?(どうでしょう、副部長?)

俳句を始めて7年、道に迷いつづけてまだ句作のスタートラインにもつけていないような部長ですが、「丘ふみ」会員の女性たちは、一歩一歩、実作の力をつけていっているように思います。われわれ「丘男」も(仕事に追われていて、趣味に費やせる時間がないというハンディはあるでしょうが)、もう少し勉強せんとあきまへんなあ〜。
「楽しむこと」、「付き合うこと」、それからもうひとつ付け加えて、「自分の評価を他人に委ねないこと」(NHKのドラマ『タロウ〜』の中の、岡本かの子のセリフでした。)も「丘ふみ俳句」らしいところかもしれませんけどね。(笑)

来月は80号、100号まであと少しです。
100号発刊の際には先生方と一緒に何か記念になるようなことをしたいな〜、と漠然と考えています。
たとえば湯布院吟行句会とか。「丘ふみ記念句集」とか「白川砂太第一句集」の発刊とか。
みなさんどうでしょうか? なにか御意見やアイデアなどがあれば、「談話室」で相談いたしましょう。

●ピノキオにどこか似てくる喜寿の春

(文責 葱男)


■消息

葱男:『俳句界』3月号/「俳句ボクシング」【佳作】(石田郷子 選)
●昭和八十五年東京タワー冬ざるる  中島葱男
『俳句界』3月号/「雑詠」【佳作】(茨木和生 選)
●玉子酒舐めて孤独ぢやない感じ  中島葱男
『俳句界』3月号/「雑詠」【佳作】(佐藤麻績 選)
●神無月遠出しているビリケンさん  中島葱男

五六二三斎:『俳句界』3月号/「めーる一行詩」【佳作】
●福寿草背格好まで似る夫婦  原たかゆき

スライトリ・マッド:『俳句界』3月号/「めーる一行詩」【佳作】
●竹塀の隼人駅舎や注連飾  島小みかん


■句友のページ
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