*無法投区/風待月


〜中津川きつと最後の夏休み〜

*まほろば=葱男

まほろば  ●道をしへ旅立つ友の深き皺  葱男

「月下村民」でもある楠木しんいちこと、しんちゃんがこの夏、新しいアルバムをひっさげて初めてのキャンペーンツアーに全国を回る。

大学を中退してから30年以上、京都を中心にずっとひとりでライブ活動をしてきた彼だが、ようやく、プロの眼に止まり、『SWJレコード』という会社から企画アルバムをリリースしたのだ。

この8曲入り、¥2、000のCDアルバムは本当に素晴らしい。

「オレンジ色の空」、「思い出は月の光の向こう側」、「うろこ雲」、「愛は幻」、「長い旅だから」、「遠くで君のこと」、「波」、「コスモス」、そしてライブハウス「拾得」でのライブ録音のオマケ。

今、この無法投区のBGMに流れているのが「コスモス」です。
どの曲にも詩情があり、優しさと愛があり、懐かしさがあり、すこし切ない静かなメロディーがある。
彼の歌は詩であり、俳句であり、恋文である、と私は思う。

どうですか、そのリズム、趣き、侘び錆び、ポエジー、どれをとっても一篇の詩ではありませんか?
俳句ではありませんか?

もし、彼の他の曲も聴いてみたい、CDが欲しいと思われた方はメールして下さい。私が窓口となって彼のアルバム「まほろば」を代行販売致します。

●まいまいや北へ旅立つフォーク歌手  葱男


*由布岳もそっと顔出す梅雨晴間=資料官

6月,父の一周忌はなじみの由布院まで出かけた。宿は父が生前に懇意にしていた玉の湯さんにお世話になった。よく由布院に通ったということは聞いていたが,何をしに行っていたのかは詳しくは知らない。仕事なのか遊びなのか,まあ本人が好きだった場所であれば良いのだろうし,そもそも母も私も兄弟も皆初めてであったので,ぞろぞろと物見遊山で出かけた。

 「虫庭の宿」 おはぐろがあちこちにひらひらと泳いでいた

●おはぐろのあちこち父の好きな宿
●おはぐろの飛び交ふ庭のティールーム
●紫陽花の小路かすめて車椅子
●紫陽花やゆうくり歩む車椅子
●父の日の父の遺影の誇らしげ

鉄道少年探偵団にとっても由布院はかなり思い入れの強い場所である。写真集「九州の蒸気機関車」のコラムで記憶にる方もいらっしゃるかもしれないが,シャベ栗が鉄として認知された記念すべき写真は昭和44年5月の久大線由布院での写真だと思う。こう言っては大変失礼だが,高一の時の文化祭に彼が出展した写真は筑豊線の冷水峠のしょうもない写真であったと記憶している。ところが,高二の時に出した久大線由布院のD60の写真はぱっと見て感動を呼ぶものであり,一年間で本格的な鉄に成長したと思った。この話は「九州の蒸気機関車」95Pのコラムのとおりであるが,今でも私の部屋にこの写真をぶら下げており,いつ見ても何か引きつける写真だと思っている。私自身も高校時代に幾度か由布院まで出かけたが,残念ながら天候もぱっとせず,根性もなかったのか自信作は存在しない。ただ病みつきになった原点を探ると,由布院の暑かった夏もそのひとつではないかと思われる。

 いつの時代も由布院では由布岳をバックに撮るのが定番
小生 高校1年の夏



 このあたりは変わってしまったが,由布岳バックの撮影は可能である
博多発由布院行き特急ゆふいんの森号

玉の湯会長の溝口薫平さんに「九州の蒸気機関車」を一冊謹呈して,高校時代に仲間がそれぞれ蒸気機関車の撮影に由布院に出掛けた話などをしたところ,由布院の貴重な風景が十分に記録されていないことを心配されていた。由布岳が町のどこからでも眺められる景観を守りたいと言い続けられてきた会長は昨年西日本新聞の「聞き書きシリーズ(虫庭の宿)」として登場され,今年そのシリーズが出版されるらしい。東京在住の私はその記事をほとんど見ていないので楽しみにしている。
朝早めに起きて久大線の列車の写真を撮りに出掛けた。40年前シャベ栗が豊後森発大分行きD60牽引の普通列車を撮影した場所と同じ場所である。梅雨空であきらめていた由布岳がその全貌を現し,田植えが終わり水をたたえた田んぼにその姿を映していた。やって来たのは大分行き二両編成のディーゼルカー,蒸気機関車ではないがそれでも構わない。由布院駅前をはじめとする町の中心部は大きなホテルが建つなど様変わりしたが,周辺の農村風景はまだ当時のままのところも多く,シャベ栗撮影地の久大線の線路脇の田んぼはこの40年の月日を経てもまだ田んぼであるし,由布岳の姿も変わらない。反対方向から来た2本の列車を撮影してから宿に戻ったが,次第に由布岳の山頂は雲の中に隠れ始め,昼ごろには小雨がぱらつき始めた。

シャベ栗40年前の撮影地 
田に映るさかさ由布
大分行き各駅停車


●由布岳もそっと顔出す梅雨晴間
●植田にも由布の山影映しをり
●ゆふいんの森颯爽と梅雨晴るる
●ゆふいんの森は濃緑ソーダ水


かごんま日記:"CHERRY-TIME"= スライトリ・マッド

2009年6月19日(金)

*ラの音を音叉で拾ふさくらんぼ
Cherries of the night are riper
Than the cherries pluckt at noon
Gather to your fairy piper
When he pipes his magic tune:
Merry, merry,
Take a cherry;
Mine are sounder,
Mine are rounder,
Mine are sweeter
For the eater
Under the moon.
And you'll be fairies soon.

来週の金曜日の今日、福岡県の飯塚市に行く。お母さんコーラスの九州大会がコスモスコモンである予定。音響のいい立派な会場らしい。今年は、富山の民謡「むぎや」を歌う。7分の長い曲。午前はソプラノのパート練習が臨時に入った。歌詞は覚えたが、振りもあり、ぴったり合わせるのが大変なのだ。なかなか自分が思うほど声も出ていないし、体も動いていないもの。代わりばんこに前に出て全体を聞いてみたり、鏡の前でやったりするとよくわかる。今日のスタジオは狭くてピアノがなかった。音がふらふらする。Mさんが音叉をカバンから出す。二又になった金属の道具。音叉を椅子のパイプ部分でこつんと叩き柄の部分を耳に近づけるとキーンとした音が聞こえる。440Hz のラの音。ラはイタリア語読み。日本語ではイ。ドイツ語ではA(アー)になる。イロハのイ。ABCのA 。音叉の音だし、ラの音ってエライのかな?!練習のあと皆でお弁当を食べ、差し入れの佐藤錦を食べる。

*桜桃や聖書の詩篇のいくつか
In the cherry pluckt at night,
With the dew of summer swelling,
There's a juice of pure delight,
Cool, dark, sweet, divinely smelling.
Merry, merry,
Take a cherry;
Mine are sounder,
Mine are rounder
Mine are sweeter
For the eater
In the moonlight.
And you'll be fairies quite.

今日は桜桃忌。今年は太宰治の生誕100年に当たり、様々なイベントが各地で催されたようである。6月19日は彼の誕生日であり、奇しくも玉川上水で入水した遺体が発見された日ということで、今日が太宰の忌日となっている。なんとも悲しく不思議な出来事。夕方の TV ニュースをつけていると、太宰の眠る東京都三鷹市禅林寺の墓碑の前で手を合わせる若い女性の姿が映っていた。紫陽花や百合などたくさんの花が供えられ、石碑の彫られた文字の窪みにはサクランボがはめ込まれていた。彼の作品「桜桃」に、聖書の言葉がいくつ かある。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか・・」「いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は。嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう」
私のような凡人には、はかり知れない心の闇の深さがあったのだろうな。

*ブロンズの背中まろめり桜桃忌
When I sound the fairy call,
Gather here in silent meeting,
Chin to knee on the orchard wall,
Cooled with dew and cherries eating.
Merry, merry,
Take a cherry;
Mine are sounder,
Mine are rounder,
Mine are sweeter.
For the eater
When the dews fall.
And you'll be fairies all.

NHKの夕方のローカル番組「ゆうどきネットワーク」に、あらま、町内のおじいちゃん先生が出てた!中村晋也氏、大正15年生まれの82歳。2008年に文化勲章を受章。すっかり白髪頭であるが、まだまだ現役バリバリの彫刻家。常盤の自宅と石谷町にアトリエを構える。 先生ん家の横を毎日通るが、外から見ると白いコンクリートの2階建て。テレビカメラが入ってアトリエが映る。へーっ、中はああいう風になっているのね。吹き抜けの広いアトリエ。北側に大きなあかりとりの窓。地下部をくりぬき、3階建てくらいの高さがある。
中央には、高さ2メートルはあろうか、太宰治が立っていた。トンビと呼ばれるマントを羽織っている。恐らく制作中にインタビューしたものだろう。ニュースでは、太宰の生地、青森県の五所川原市の芦野公園に生誕100年を記念して、設置された太宰の彫像の除幕式 の様子が映し出されていた。その記念祭の様子や、太宰の長女津島園子さん(68)や中村先生の顔も見える。生家の斜陽館も紹介されていた。中村先生の話によると、太宰は身長176センチの54キロ。当時としては背が高く、細身の体。背の高い人にありがちな癖と、物書 きという職業柄、猫背気味だったとのこと。少し丸まった背中に苦労やかなしみをしのばせ、左手の握り締めた手に、固めた意志、情念を込めたと言う。是非後姿も見てくださいとのことだった。芦野公園といえば、たしか、わが游俳倶楽部の師匠の1人である二六斎宗匠が幼かりし頃、遊んだ公園では?!桜やねぷたの季節もよいと言っておられた。いつかぜひ訪れてみたいものだ。

* "CHERRY-TIME" by ROBERT GRAVES (1915)より引用


■編集後記
今月、楽しみにしていた宗匠からの選句、講評はついに届かず。
どんな句にどんな感想を戴けるのか、期待して待っていたのに残念!
もともと、ボランティアでお願いしている原稿なので、「一切、催促はせず!」を理念にしていますから、もとより未練がましい電話などは全くいたしませんでした。
が、今月は特別の月、何か「お言葉」がある、と確信していただけにちょっとだけショック。

けれども、宗匠には宗匠の事情があるのでせう。(笑)

と言っていた現在、7日7時22分、来ました〜!!(笑)

今月のA部門、15句が無選。B部門は上位5句が11点以上という結果になり、皆さんの選句眼が確実に養われてきていることを強く思います。
佳い句が詠めるのは、いわば、俳句の神様からのプレゼントだと思っていて下さい。自分の実力だけでは詠めません。自分以外の才能、環境、偶然、時代、読者の鑑賞力などが大きく作用しています。ですから作句は楽しめればそれで良し!
本当の俳句の力とは、選句眼、鑑賞力を養うことだと私は思っています。
ですから今月のこの結果は大変に嬉しく、大きな満足感がありました。
自分の狭い興味や趣向ではなく、皆さんが俳句を「俳句としてどうなのか?」という観点から選句していることがよく分かります。
SLや昆虫採集、釣りやゴルフ、絵画鑑賞も文学も科学も宗教も、それはあくまでもモチーフであって、句の佳し悪しとはまた異なった話しなのです。

「丘ふみ」俳句はどんどん進化、深化している模様です。

(文責 中島)


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