ラクナ梗塞・闘病記=葱男
●ナースコール押すどきどきや月鈴子
●絡み落ち抜けるチューブや法師蝉
●われからは我が身を奏す音楽家
●秋白し未練はあれど悔いの無き
●稲の花総じて若きナースたち
●点滴の一滴ずつの瑞穂かな
●病室は邯鄲の闇イヤフォーン
●琺瑯の小口のスイカ病院食
●病身の梨の匂ひのさみしけれ
●白衣性高血圧症月鈴子
●かりがねや今のすべては過去より来
●秋澄みて頭蓋に生るる白き星
●月光の影さすリネンC病棟
******
8月26日
二週間ほど第二日赤に入院です。
脳梗塞のちっちゃいの
早かったのでほとんど麻痺とかありません。
ベットでご用を足してます。
明日は初の大ちゃんか
コロナちゃうのにお見舞いできません。
念だけひとつ、クラウドファンディングで送ってくださると嬉しいです(^^)
8月27日
20時04分、人生初のベット上の塵取り脱糞を終え、無事二日目が終了!
発症後二日間は病態が急変する恐れがあるので、しゃんしゃん歩けても絶対安静が基本、一畳のベットから外に出ることは許されません。
検査も全部担架で運ばれます。
便座付きの簡易トイレでも変わらんと思うけど、それが危険を回避する為に経験上色んな責任もある医者の立場であり、これまでに作られたルールなんですな。
なんか、コロちゃん対策も似てる、、気がする、、
8月31日
友人へのメール
*****
元気で生きてますか?
中島です。
今、病院にいます。
軽い脳梗塞で、今日で六日目、病状は回復に向かっています。
折に触れて、××君のことは気になっていました。
去年の三月ぐらいでしたよね、電話して初めて君の病気のことを知ったのは。
その前から緑内障のことも聞いていて、本当に大丈夫か?
と、本気で怖かったので、時間が経ってもなかなか電話もできずにいました。
お互い、無茶ばかりしてきましたなあー。
××君といい、××君といい、君といい、私といい、節制する事が似合わないキャラですよね。
これまでの深酒や不摂生がいつか自分の身に返ってくるのは、因果応報、自明な事でした。
ほんと、生きてますか?
もし今、君が元気でいるなら、それは病後にこれまでの生活習慣を改める事ができたからだと思います。
私もそうです。
問題は今のこの、軽い脳梗塞ではない。
これは本当に何の後遺症も残さずに治り、近いうちに社会に復帰できるでしょう。
本当に問題なのは、病後です。
この病気は生活習慣を変えない限り、必ず再発する病気だと思っています。
そして次に再発したら、おそらくどんな形であれ、妻や友人や周りの人に迷惑をかける事態になる事は、これまた明白です。
かと言って、今の段階で断酒を決意するほど私は強くないのです。
前から言っているのですが、生きていて唯一の愉しみが酒ですから。
入院六日目、勿論断酒状態です。
酒を飲み始めて第三番目ぐらいの長い記録です。
この入院期間中、薬の副作用の頭痛に悩まされながらも色んな事を考えました。
いろんな過去の思い出、現在の家族や友人との楽しい関係の事、そして思ったのは、当たり前の事ですが、自分は一人では生きていない、という事です。
このコロナの時代、病室にあって、勿論家族との面会もできず、隣の人ともカーテンで遮断され、繭の中のような一人だけの空間に居て思ったのは、もし私がこの世界でたった一人の人間となり、周りに命の気配を感じないとしたら、私は到底生きてはいかないだろう、という事です。
この病室の、全てが人工的なモノで囲まれている空間では到底生きていたくない、という実感です。
もし周りに人間がいなくても、例えば犬や猫や木々や海があれば私は生きようと思うかもしれません。
私が生きて行く意思を持つ事ができるのは、周りに家族がいて、人間がいて、自然があるからです。
私はそれらの下でやっと生きています
。
おそらく病気は(例えば今回のコロナ騒ぎも)、自分の内なる神からの、自分に対する警告なのでしょう。
書いているうちにだんだんとこのメールは自分自身に宛てて書いている気がしてきました。
もし君が本当に今元気に暮らしているなら、必ず会いに行きますから。
××君や××君を誘って。
その時はやっぱり、酒を一献酌み交わしましょう!
××君へ。
大学からこの歳になるまで、ずっと付き合ってくれてありがとう。
8月31日
本日の夕方
点滴 三本
心電図計 二器
最大9本の管が全部撤去されました!!
パチパチパチパチ
これまで前ボタンのパジャマしか着れなかったので(心電図は胸から多数のコードが器械に繋がっているので)やっとTシャツに着替える事ができてスッキリしました!!
これに加えて携帯の電源コードとテレビに繋げるイヤホンがあり、前後左右から様々な管に繋がれているので、ちょっと動いたら絡まるし落ちるし抜けるし、体の自由をこれほど奪われたのは初めて。この一週間はこれまで全く経験のない牢屋の囚人状態でした!
最初の三日間は頭痛が酷く、二日目に左のまぶたが下がり始めたときにはほんと、青ざめました。
例のベッドの上の塵取り脱糞を筆頭に、その後も多量の薬投与で免疫力が落ち、腎臓の機能が低下しているのか、一時間に一回の排尿を尿瓶でこなし、四日目からはやっと車椅子で、今日からやっと自力でトイレに行くことを許されました。
まだ軽い頭痛は残っていますが、飲み薬も1日最大7錠から2錠まで減り、二回目のMRI も無事終了!
最後に昨日からの発疹で今日から皮膚科にも通い始めましたが、この湿疹も免疫力が落ちた時、深酒した時、疲れがピークに達した時に家でもちょくちょく出てた奴のビッグバン級です!
塗り薬が効いたのか、今はその痒みも取れて、ここまでで最高の体調です。
明日からはリハビリ強化で、シャンシャンぶりアピール、なんとか一日でも退院の時期を早める計画です。
あと一週間、時間を持て余すということはまったくなく、読書(今は西加奈子のサハリ!上下巻)、音楽鑑賞、SNSでの情報収集、皆さんへのお返事、エンディングノートの作成などで結構いそがしいのですが、非日常的で自由な時間を楽しんでいます。
これまで約40人の医療関係者と話が出来て、ほんと、色んな性格の色んな人がいるもんだと、三年分の人間観察をしたような気分です。
秋白し未練はあれど悔いの無き
9月1日
病床から眺むる月。
月齢13、満月の二日前の月です。
この機会に色々と脳梗塞について調べていたら、分かったことがある。
それは今回の私の脳梗塞発見は決して早期とは言えないということ。
これはきっと皆さんの参考になると思います。
今回私が脳梗塞を疑ったのは体操してて、左の膝に力が入らない、違和感がある、と言うことと、座ってお茶を左手で飲もうとしたらすごく重たく感じたこと。
「あっ! どっちも左半身や 」という直感でした。
これが足だけ、手だけの異常なら多分、脳梗塞よりも関節の具合とか、腕の怠さとか思って、部分的な異常の原因を想像して、それが大したことなければまあ、ちょっと様子を見てみよう、となったと思います。
よく思い出してみるとこの2、3ヶ月前からに例えばアトリエからの帰り道、歩いてて、左足が「カックン」するなって思った事が何度かありました。
次の日には何ともないので何かちょっとした筋違いか何かやったんかな?
で終わってた。
これは2、3年も前からですが、夜中にトイレに行く時に平衡感覚が少しおかしいな、と思う事が度々ありました。
夜に飲みすぎたかな? それともただの老化かな? で済んでて、次の朝には普通に生活していたのです。
調べて見るとそれが脳梗塞の前兆でした。
違和感があってもすぐに治ってしまう。
小さな小さな異変ですが、治るから「ま、こんなもんか」と高を括ってしまうのです。
という事はもう2、3年前から私の脳の毛細血管の先っぽでは小さな梗塞があり、その先の抹消神経にダメージを、与えていたことになります。
今回はその梗塞(プラーク)が少し大きくなって、その下にある大きな運動神経を圧迫して、血流を阻害し始めたものだと考えられます。
これがいわゆる「幽霊血管」というものです。
私たちはこうした「小さな死」「死の欠片」を少しずつ増やしながら、少しずつ死んでいるのだと思います。
私は幼児のころ、大量の抗生物質の副作用で左の耳がほとんど聞こえません。
60を過ぎて、奥歯が一本もなくなりました。
去年は老眼鏡が割れ、小さなプラスチックの破片が左目に飛んで、眼球の真ん中に傷をつけました。
そのせいで左目だけで見ると視界の中央がいつも少しだけ歪んで見える場所があります。
これらは私の「死の欠片」です。
生と死の二元論ではなく、人は「死の欠片」を少しずつ増やして、それがある限界を超えたら本格的な死に急速にちかづくのではないでしょうか?
以下、SNSの「ゴースト血管」
*****
健康な人にも潜んでいる!?“ゴースト血管”とは
非常に細くて、見ることが難しい毛細血管。「ゴースト血管スコープ」と名付けた特殊な装置で指先の毛細血管を観察すると、健康診断で異常がないという人でも1割程度に“ゴースト血管”が見つかりました。
“ゴースト血管”とは、血液が流れなくなった血管で、その状態が続くといずれ消えてしまいます。毛細血管には隙間があり、その隙間から血液成分が微量に漏れ出すことで周辺の細胞に酸素や栄養を届けています。そのため、毛細血管がゴースト化してしまうと、酸素や栄養を絶たれた細胞が死に、健康や美容に重大な問題を引き起こすことが分かってきたのです。
*****
六灯に籠る一心大文字 葱男
リハビリ3日目
昼寝をしていて、一番深い眠りの時に起こされ、リハビリ室へ。
朝の寝起きと同じでまだ頭の中がボォーっとしていて、午前中のようにシャキンとしていない。
立って歩いても午前中よりもずっと体が不安定。
そのままリハビリ室へ行って、結構難度の高い折鶴制作にはいりました。
午前中より左手の感覚がやや鈍い!
普通サイズの四分の一のサイズの紙で折鶴を折ります。
もう、折り方さえも忘れている。
ま、今日は80点かな?
明日は退院後の食事やその他の生活習慣について栄養士さんからの講義があります。
夫婦二人で受けるので、初めて面会できます。
9月2日
明日、退院します。
*****
四方を窓とカーテンで仕切られた病室にいると、何だか自分がサナギの中にいる虫のように思えてきた。
そして、長い夜の間じゅう、ぼんやりと自分で編集したアルバムを聴いた。
それは毎年年末になると作り、その年に流行った曲や出会った曲をまとめて、その年にお世話なった友人達にプレゼントするオリジナルセレクトアルバムである。
2004年から2019年までの16枚が全部スマホに収まっている。
それは私の第二の人生の始まりとともに記された人生ノートのようなものだ。
キモノ作家として付き合いのあった大手の商社との繋がりがなくなり(呉服業界はバブルがはじけ、本格的に不況の時代に入っていた)、両親を相次いで亡くし、二ヶ月のイタリアスケッチ旅行から帰り、35年ぶりに高校の同窓会に復帰したころにはじまった。
イヤフォーンを通して流れる曲を聴いていると、その、第二の人生さえも邯鄲の夢のように思えてくる。
私の眼からは幾度も幾度もとめどなく涙が溢れた。
とても綺麗な涙だ。
第二の人生が終わったのではない、浄化されたこの老体に第三の人生が始まったのだと思った。
退院する時、私の背中には見えない羽が生えているかもしれない。
そんな風に感じている私が、まだサナギの中で胎児のように眠っていた。
***************
虹魚さん(土屋竜一君)・追悼¬=葱男 *
*ドン急修学旅行列車 東へ=喋九厘 *
*博多・西公園句会=葱男 *
*かはほり・丘ふみ合同句会=葱男 *
*俳句の著作権 *
*北海道ツアー/十勝・富良野・浦臼篇 *
*北海道ツアー/帯広篇 *
*2017・写真俳句大賞 *
*「砂太先生を囲む会」 *
*第8回・田中裕明賞 「フラワーズ・カンフー」小津夜景 *
*金子敦「音符」 *
*賀茂川吟行句会 *
*150号発刊・記念句集 *
*玻璃の展覧 *
*梅雨明けや母いそいそと父のもと=資料官 *
*利普苑るなさん・追悼 *
*2016年4月・鎌倉吟行 *
*2015〜2016 雪・雪・雪 *
*2016・写真俳句大賞 *
*冬のはじまりの手しごと市 *
*地面下句会 *
*平成二十六年俳諧国之概略 *
*杉山久子・「春の柩」 *
*大森健司・「あるべきものが、、、」 *
*利普苑るな・第一句集「舵」 *
*「筥崎宮・蚤の市」吟行句会 *
*楠木しんいち「まほろば」 *
*銀座吟行句会 *
*Subikiawa食器店 *
*ジャポニスム *
*金髪の烏の歌 *
*Mac崩壊の一部始終 *
*香田なをさんの俳句 *
*能古島吟行句会 *
*Calling you *
*白鴨忌 *
*葬送 *
*風悟さんの絶筆 *
*小田玲子・「表の木」 *
*初昔・追悼句 *
*大濠公園/吟行・句会/2012,11,11 *
金子敦「乗船券」 *
丘ふみ俳句:丘ふみ俳句:韜晦精神派(久郎兎篇) *
丘ふみ俳句:協調精神派(前鰤篇) *
丘ふみ俳句:行楽精神派(メゴチ篇) *
丘ふみ俳句:ユ−モア精神派(喋九厘篇) *
丘ふみ俳句:俳精神派(五六二三斎篇) *
丘ふみ俳句:俳精神派(香久夜・資料官篇) *
丘ふみ俳句:俳精神派(水音篇) *
丘ふみ俳句:詩精神派(秋波・雪絵篇) *
丘ふみ俳句:工芸精神派(君不去・夏海) *
丘ふみ俳句:実験精神派(白髪鴨・ひら百合・入鈴・スマ篇) *
丘ふみ俳句:砂太篇 *
俳句とエチカ *
現代カタカナ俳句 *
大震災を詠む *
「遊戯の家」金原まさ子 *
さらば八月のうた *
「ハミング」月野ぽぽな *
「花心」畑 洋子 *
1Q84〜1X84 *
「アングル」小久保佳世子 *
ラスカルさんのメルヘン俳句 *
「神楽岡」徳永真弓 *
「瞬く」森賀まり *
『1Q84』にまつわる出来事 *
「街」と今井聖 *
「夜の雲」浅井慎平 *
澄子/晶子論 *
「雪月」満田春日 *
「現代俳句の海図」を読む:正木ゆう子篇 *
櫂未知子篇 *
田中裕明篇 *
片山由美子篇 *
「伊月集」夏井いつき *
「あちこち草紙」土肥あき子 *
「冬の智慧」齋藤愼爾 *
「命の一句」石寒太 *
「粛祭返歌」柿本多映 *
「身世打鈴」カン・キドン *
ソネット:葱男 *
俳句の幻想 *
丘ふみ倶楽部/お誕生日句と花