*金子敦「乗船券」=葱男


〜小鳥来て繋がる赤い糸電話〜



ラスカルさん(以後、金子敦さんのことを、敬愛と友情を込めてこう呼ぶことにします。)は、句集「乗船券」のあとがきにこう記している。
「『出航』に入会してから、句作がとても楽しくなった。何よりも、句会に出られることが嬉しい。パニック障害の発作を怖れるあまり、自宅から一歩も出られなかった頃のことを思うと、まるで夢のようである。 外出することが出来るようになったのも、『出航』主宰の森岡正作先生を始め、会員の皆様から温かく接していただいたおかげであるとつくづく思う。この句集のタイトルの『乗船券』は『出航』に因んで決めた。」

「乗船券」というタイトルを見て、私はこう思った。 ラスカルさんの俳句は、これから俳句を始めようかと考えている俳句初心者にとって必要な「乗船券」である、と。
「俳句」という大海を渡ろうとするとき、ラスカルさんの作品は、「一番大きな、そして、乗客にとってとても安心できる、設備の整った船」である。俳句が「大海だとするならば、ラスカルさんの海は「癒しの海」である。

私はこれまでに二度、ラスカルさんに御会いしたことがある。 そのニ回ともに、一緒にカラオケに行った。ラスカルさんの声はボーイソプラノで透き通るように繊細な高音が素敵だ。井上陽水の「少年時代」を歌う彼を見ていると、「ああ、こんなに繊細で優しくて壊れやすい人がこの世に生きているんだなあ〜。」と思う。そして、「生きづらいこの今の日本にあっても、どんなに辛いことがあっても、人間はまっすぐに正しく生きていくことができるんだなあ〜」と思う。

第99回目の「葱々」は、怒濤の100号に突入する前に、少し、ラスカルさんの俳句で癒されることにしましょう。

●初蝶がト音記号を乗せてくる
※以前、私も偶然にこんな句を作ったことがあった。「初蝶にト音記号のこども達」。 ラスカルさんは自分がまだ少年なのだ。

●囀りやくるりくるりと試し書き
※ラスカルさんは実は書道の達人でもある。その筆触は人柄と同じ、優美で繊細。

●飴玉にさみどりの線春立ちぬ
※ビー玉みたいな楽しい飴ちゃん、ありましたね!

●適当にルールを決める子山笑ふ
※邪心の無い、それでいて残酷な子供たち、「子供=自然」の構図には「畏怖」と「憧憬」と「愛」がある。

●地球より遠ざかりゆくしゃぼん玉
※ラスカルさんの言葉のデザインには少年に特有の「冒険心」を感じます。

●空深きよりぶらんこの戻り来る
※このデザインも。

●漆黒の羊羹に散るさくらかな
※まだ「チューリップ」を結成する前、西南大学の学生だったころの財津和夫に「ええとこの子のバラード」という曲があった。「おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでたときには、赤い煉瓦の大きなお家〜、ヘリンボーンの緑のスーツ、いつも掛けてた金縁のメガネ、おじいちゃんの大きな手にいつも引かれて歩いてたボク〜♪」 なぜか、そんな歌を思い出しました。

●海上の虹を見てゐる測量士
※「虹」はラスカルさんの大事なモチーフのひとつです。

●木の椅子の年輪うすれ鳥渡る
※ずっとそこに座って空を眺めている人が居る、或いは居た。

●枇杷咲いてなかぞら軽くなりにけり
※中七の修辞が見事!

●白息のはみ出してゐるかくれんぼ
※絵本の中にいるような抒情世界です。

●眼鏡置くごとくに山の眠りけり
※軽いようで重い、簡潔で堂々たる比喩です。

●花束のセロハンの音雪催
※この、繊細な感覚、美しい情景。

●割箸の匂ひ幽かに冬ざくら
※漢字とひらがなのバランスをこの一句から学ぶことができます。

●白梅はホットミルクの膜の色
※食べもの、飲みものをモチーフにするのもラスカル流俳句道。

●しやぼん玉弾けて僕がゐなくなる
※そんな、馬鹿な!(^0^)

●夕虹やまだ濡れてゐる母の墓
※男はみんなマザコンでいいじゃん!

●海よりのひかりを弾くかき氷
※「少年の夏」を想います。

●かの虫の声はフランス語にも似て
※ソワール、ソワール、チュチュ、ソワール。

●筆すすぐごとく水鳥ただよへる
※比喩がきれいですねー。

●さざなみの形に残る桃の皮
※この句も。

●蜂蜜の白濁したる神の留守
※「時間」というものを創り出したのは「神」か「人間」か?

●まつしろの石鹸おろす聖夜かな
※上五の措辞が「聖夜」を際立たせています。

●恋猫の雄に相談したきこと
※ラスカルさん、がんばれ! ^^;

●白薔薇に吸ひこまれたる雨の音
※静かに、美しい時間が流れてゆきます。

●日盛や盲導犬の息しづか
※犬もしっかりとお仕事してるんですね〜、えらい!

●木の実降る中に舞台の組まれけり
※これから始まろうとするドラマへの期待感がつのります。

●のりしろのやうな海岸初日の出
※「去年今年」は「棒のやうなもの」で貫かれている一方、大地と海は「のりしろのやうなもの」で繋がっているのですね。

●ひとところ枝をくぐりて踊の輪
※「枝」は踊っている人達の、繋がれた腕のようにも思います。

●あんパンの臍のあたりの秋思かな
※「あんパン」にサウダーデ(郷愁)あり。

●手にの残る折紙の香や星月夜
※心に残るフレーズ、さて、作者はなにを折ったのか?

●消しゴムの角度を変へる夜長かな
※手紙を書いているのか、それとも原稿?


「乗船券」は現代俳壇でもいろんな形で注目され、新聞や雑誌の句評欄に多く取り上げられています。ここでは、その中でいくつかの評論をピックアップしましたので、ラスカルさんの俳句に興味のある方は覗いてみてください。

週間俳句「HaikuWeekly」では西原天気さんが「星の虚実」と題して、金子敦論を書いています。

また、小野祐三氏はみずからのブログ「関心空間」に、青山茂根氏はブログ「haiku&me」の中でラスカルさんの「乗船券」について感想を述べています。