*「花心」 畑 洋子作品集

〜春かなし匂ひを打ちて描き終はる〜


ネット句会の友人で中原道夫の「銀花」の同人でもある「畑 毅」さんが、「花心」という心温まる本を上梓された。

「花心」は毅さんの奥様である、華道家「畑 洋子」さんの生け花の作品集であり、そのひとつひとつの生け花の横には毅さんが選んだ彼の友人達の俳句が添えられてある。
「花心」のカバーもその本の中に収められた洋子さんの生け花作品の写真も毅さんの撮影によるものである。
表紙を開くと目次の次のページにとても印象深い夫婦の会話が載せられていた。

花信風  洋子「アレンジメントと生け花の違いは花と花の間の余白よ」
     毅 「それは、俳句の切れに似ているかもしれないね」




栞に毅さんの師匠である中原道夫の句があった。

はるあさしもどりてこぬかゆめぢより

「私の俳句の師匠である、俳人の中原道夫先生の新句集「碌廊(パーゴラ)」に掲載された家内への弔句です。 五十二歳でした。早すぎます。はやいものでもう一年が過ぎました。 人には記憶と記録が残ると思います。 間接的ながらも家内がし残した人を育てる手伝いとして、岡山県立図書館に、十年にわたり児童図書を寄贈しています。 「敦洋文庫」と言いますので、機会あれば足を運んで頂ければ幸いです。 この度、家内の生け花と句友の俳句をコラボレーションした畑洋子作品集「花心」を邑書林から上梓しました。 ここに皆様へ謹呈いたします。 ご一読いただき、皆様の心に何か感じるものがあれば幸いです。 今まで関わったすべての皆様に感謝申し上げます。 末筆ですが、皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。  平成二十二年六月吉日  畑 毅 」

このような経緯で生まれた「花と俳句がコラボレーションする写真集」には特別の感慨がある。
それは勿論、亡き妻への愛と追悼の本であるから、というばかりではないのだと思う。

目次はまず先の「花信風」の1ページから始まり、「新年」「春」「夏」「秋」「冬」と季節に添った洋子さんの生け花作品の写真と毅さんが選んだ俳句が並ぶ。 そして次のページには「絵心」と題して、洋子さんがペンシルで描いた花や果物や、その時々に出会った可愛い小物のスケッチ画が掲載されている。




スケッチ画のコーナーの次に「跋」として、毅さんみずからが洋子さんの経歴を紹介している。そこでは洋子さんの幼少の頃から始まって、毅さんと結婚してからのこと、家族で旅をしたたくさんの思い出なども紹介されている。 そして最後の項目では「野菜の秘密」とタイトルされた洋子さんの論文が掲載されている。
「統計的な見方・考え方を育てる統計・情報教育ー小学一年生の実践より」と題されて、岡山県岡山市立第一藤田小学校 教諭 畑 洋子、と署名がある。児童教育者としての洋子さんの一面を見ることができる。

たしかにこの「花心」には敦さんの妻、洋子さんの愛情が一杯に溢れている。しかし、それでけではない。敦さんの愛は子供達へ、俳句仲間へ、そして岡山市民へと大きくひろがっているのがよく分かる。
この本は一冊の書籍としては、それまでのどんな社会的な慣習や偏見や形式にも囚われず、好きなことが好きなように編集されている。
そこが畑さんの大きさ、鷹揚さ、素晴らしさであると私は思った。

それでは最後になるが、この本に掲載されている有名俳人や、友人、知人の句を中心に、私が好きな句をいくつか取り上げておこう。


●生初の水にしづもる相かな       畑 毅
●餅花へ風の祈りのとぎれなし      島田牙城
●夢ありし頃や菜の花越しの海      亀田憲壱
●お陽さまを抱きとめてゐるチューリップ 香田直子
●立華てふ奥義極めて花は舞ふ      佐野佳江
●花の座に花は幻蝶の飛ぶ        滝本香世
●地上より天の家まで花活けに      高田昭子
●凛々しくも嫋やかなりし花惜しむ    石田義憲
●あちらからこちら見ている豆の花    波多洋子
●来し方の花は思ひを咲かざるや     村上博一
●花愛でて瀬戸内静かに暮れにけり    水上晃史
●うきうきと初めて話す花蘇芳      月 湖 
●芍薬の千の花びら掛けたまえ      土肥あき子
●とことはに美しき色なる花菖蒲     同前悠久子
●ポピー咲き短くなりし秘書の髪     宮内福一
●薔薇の束抱けり星座傾けり       七海りさ
●はらからの仰ぐ青空立葵        坂石佳音
●十薬を火垂るの墓と覚えけり      中島雅幸
●百合匂ふともに過せし日のやうに    東 麗子
●教室に女先生庭の百合         渡辺千佐子
●池坊ここぞと百合の飾り花       平田徳子
●向日葵にもらふ元気も日暮れかな    ひらのこぼ
●夕晴れて頷きあへる濃紫陽花      大島英昭
●沙羅の花ことば少なく老夫婦      山本あかね
●蓮ひらき寄り添ふ風のありにけり    星野綾子
●百合の香や凛と生きたる人のこと    高木加津子
●底紅や坩堝に溶かし切れざるもの    中原道夫
●秋草の花とも見えぬ花ゆたか      櫂未知子
●花木槿咲く間も白く咲きつづく     清水哲男
●秋薊摘みて少女のごと無邪気      塩田みどり
●肉体を離れしものの花野かな      堀川夏子
●こぼれ萩風さらふまで掃かずおく    大槻和木
●蝋梅は蕊もろともに象牙色       岩淵喜代子
●冬ぼたん崩るるときに笑みたるや    藤嶋 務
●待春や花心に触るる花鋏        畑 毅 



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