*粛祭返歌

二六斎宗匠の薦めもあり、柿本多映氏の最新句集「粛祭」を読んだ。
跋には「孤高にして峻厳、天稟の詩的感性、鮮烈なメタファー。汀女・多佳子・鷹女ら近代女流俳句の呪縛を裁ち、存在の岸辺から、<非時(ときじく)>の世界の消息を告知する魂鎮めの句集。」とある。なかなか期待ができそうだ。
読後、なるほど自分の力量では理解しきれない措辞が、百花繚乱、全編に散りぱめられていてとても刺激的な句集だった。
あとがきには「真の現実は無限に深い」と書かれている。現実とは深淵なのだな。
「『粛祭』とはそんな自分へのささやかな魂鎮めの祭りだ」ともあった。彼女の人生も、魂を揺さぶられてもがき苦しむ事の連続だったのだろうか。
句には多映氏独特の暗喩がたくさん犇めいていて、長年の酒で混濁しはじめている私の脳みそでは到底深い鑑賞は無理だったのだが、それでも強く惹かれる句が多くあった。今回はそんないくつかの句に自分なりの勝手な返歌を試みることで、氏への敬意と共感を表すことにします。

●春も冬鳩の重さを計ります  多映
※瓢軽に生きても生きても冬田道   葱男

●春うれひ骨の触れあふ舞踏かな
※鳥曇五体刻々剥がれゆく

●一痕は大空にあり鵙の贄
※悴みて別れし場所へ帰りつく

●利腕を伸ばして掴む虚空かな
※幾千年立春大吉モアイ像

●夏の闇ひとりは箸を揃へをる
※日は傾ぐ青水無月の切り口に

●三面鏡はづれは狐雨だつた
※天頂よりざわつきはじむ葱の花

●かげろふへ跳んで糸口かも知れず
※凸凹の遊糸からまる戯曲かな

●にんげんの羽化を思ひて霜の花
※にんげんの人間的なる雪しづり

●拒食症の春よモジリアーニの首よ
※一村の遠目を弾く卯波かな

●さくらからさくら掌さめてゐる
※にじんではかすれ薄墨桜かな

●永遠の咽喉やはらかき花見かな
※川の水呑みて花見を酔ひにけり

●月の道針一本を奉る
※月の暈つめたき乳をしやぶりたる

返句とはおこがましいのですが、次の一句で氏の魂に精一杯の挨拶を返すことに。

挙句
●一空人景色に桃を落としけり

※門(もん)を出づさくら吐息を放ちけり