第8回・田中裕明賞 「フラワーズ・カンフー」小津夜景=葱男

第8回・田中裕明賞を受賞された小津夜景さんの「フラワーズ・カンフー」を読んだ。

ふらんす堂の 「田中浩明賞」 のページを開くと、選考委員の彼女に対する絶賛の声がよく聞こえてきた。
小津さんの俳句は記憶を完全に頭の中で俳句的な形に再構成した完璧に「計算され尽くし、研究され尽くした作りもの」の俳句であり、一読、実景が広がるといった、よく言われる写生や「モノ俳句」の王道とは全くかけ離れたものだと感じた。
それでもやはり、独自の感性と豊かなボキャブラリー、圧倒的な才能の前では四ツ谷龍も岸本尚毅も小川軽舟もそんなところにはいささかも触れず、彼女の「観念的で音楽的で絵画的な」、言うならば意味の分からない17音を認めざるを得ないという風情に見受けられた。私にとっては久しぶりに、金原まさ子さん以来のある種の爽快感と痛快さを感じた。

彼女の俳句に触れたとき、一読、「目の前に過去生の経験や風景が再現されて浮かび上がる」ということはない。一読、「脳の末梢神経の一部分に電流が奔り、無意識下のイメージが喚起されて眼底のスクリーンに一瞬、その幻影が映し出される。」

だから、彼女の句を鑑賞したいなどとは考えなくていい、雷に打たれるごとく、「得体のしれないイデアとメタファー」を脳内のいずくかに孕まれるのを感じればそれでよいのだと思う。

俳句は俳句である前に言葉であり、「言葉」とはその意味ではなく、その使われ方であると、L.ウィトゲンシュタインは論考した。

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「息をのむ坂道」

あたたかなたぶららさなり雨のふる
*たぶららさ、とは「タブラとタンブーラで延々と奏でられるインドの音楽」のようだ

うららかを捧げもつ手の手ぶらかな
*手ぶらもタンブーラ・・・

朧夜がなにもない巣を抱いている
*受胎前の女性の淡い憂鬱とも

わたぼこりこんな時間に旅立つか
*アリーキャットのようにいつでも野良でゐる

「古い頭部のある棲み家」

風鈴のひしめく空を食べあます
*飽食の時代に悲しい音が聞こえる

スプーンの硬さ泉にかほがあり
*岡本太郎かあ〜!

あかんべの舌でひとでを創られし(無季?)
*アインシュタインは現人神ですか?

思ひ寝を弔ふバニラアイスかな
*一気に第一本能の「食う」に、個体維持です

「反故に吹かれて」

ほうと吐き一糸まとはぬ月自身
*ディアナ信仰、女性性の麗しき

夜の桃とみれば乙女のされかうべ
*残るのはごりごりの大きな種子

ありしとも思はぬ本屋けふもあり(無季)
*活字に吸い寄せられる文科系人間

ゆく秋の虹を義足に呉れないか
*ストッキングは義足かもね^^

「さらさらと」

冬苺ところとときのふたなりに
*冬苺まで戻りますか、、

まなぶたのかさぶためきて年深し
*加齢とともに乾いてゆく細胞、多細胞生物の嗚呼!

ほのかなる世へのほほんと鴎あれ
*ほほほ

老年のいつしか独楽の明るさに
*優しいところもあるのですね

「音に触る」

あしのうらぽかんと眠るとき他人
*足の裏に人格が表れるのはクリストぐらいでくね

オルガンを漕げば朧のあふれたり
*パイプオルガンだともっとすごいことに!!

春や鳴る夜汽車シリングシリングと
*1シリングっていくらぐらい?

「水、不意の再会」

びいどろよひとがさかなとよぶものは
*別役実の童話です

蜘蛛よりも甘く重なるだけのこと
*あと4本手が欲しいな

風の死をゆだねられたる腕となる
*ピエタ

「西瓜糖の墓」

人生はやさしき担架曼殊沙華
*赤が患者、白が看護人

草の穂が惚れあふやうにかゆくなる
*くすぐり合いの不可解で無上の愉悦

「明るい土地より」

もがりぶえ殯の恋をまさぐりに
*がりがりグリグリしたいんですよ

「フラワーズ・カンフー」

つちふるやあなたの肉と香を組み
*香木のように、キャンプファイヤーのように、そして瓦礫のように

白骨となりそこねてや夢のハム
*つらい、けど、美味〜い肉!

「ジョイフル・ノイズ」

ゆけむりの人らと少しかにばりぬ
*野性的な異種生物間の交感風景

金平糖こぼし地球を去りゆかむ
*それぐらいかもな、人間の甘き人生の総量は

短歌・「こころに鳥が」より

入れ墨のごとき地図ありしんしんと鈴のふるへる水の都に

水掻きを生やした日からヴェネチアングラスのような光とくらす

この指は音叉でせうか音叉とは抱きあへない木霊でせうか

巨きなる壺つややかに夜を枉げてオーボエの音ひとつ生みたり

片肺をねじれたつばさかと思ひねぼけまなこで開こうとした

「天蓋に埋もれる家」

刻々と<ごとく>のやうに此処にゐて
*刻々とは「生きる意志」の継続のこと

わたくしは空き家であると名を告げり
*雄たけびだけは「空」でなく

とびらからくちびるまでの朧かな
*恋は盲目、夢遊病、それにもまして徘徊?

森ゆるくかたまる夜のしつけ糸
*とにかく何かと抱き合って眠りたい、毛布でもぬいぐるみでも枕でも本でも音楽でも

「出アバラヤ記」

いきなりは無理よしなびた王冠よ
*性は衝動ですから、生は運動と感動ですから

かりがねや世を早送りするごとく
*逆戻しはつばめに頼もうかな^^

棹さしてくらんくらんと月の酔ふ
*宮沢賢治の大好きなオノマトペ

長き夜の memento mori の m の襞
*私の好きな藤原新也

片肺はこほれるうみに透かし彫る
*肺と文学に可逆性あり

凍蝶をはがしあふ日のふるへる眼
*共犯感覚、ふたりだけの秘密、恋に似た友情も

宛先にしづかに舌のしぐれかな
*いつか、真実の心をすべて吐露したいが、舌が回らないのは明らかです

しろながすくぢらのやうにゆきずりぬ
*海の大きさ、鯨の大きさ、ゆきずりの奇跡的時間の大きさ

たましひにばねある刑やあたたかし
*リストカットの幾筋か、手首はそのたびにあたたかさを取り戻す

しゃぼん玉ことばにふれて失明す
*好きな人よ、私を好きになってくれとは言いません、私を避けないでくれ、厭わないでください

かたつむりすぎてもぬけのみづたまり
*かたつむり死してもぬけの螺旋かな

紫陽花のゆふまぐれあふ素顔かな
*素っぴん、お面、能面、仮面、化粧、舞台衣装、七変化

語りそこなつたひとつの手をにぎる
*良かれ

「オンフルールの海の歌」

空虚五度くぐり祭のあらばしり
*祭はいつか終わる、祭のあとのさびしさもいつか終わります

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