*白鴨忌(はくおうき)=葱男

〜白鴨忌エヴァグリーンの風立ちぬ〜

高校時代からの一番の親友であり、「丘ふみクラブ」の大切な句友でもあった白髪鴨さん(一木正治君)が先日(5月1日未明)、博多から釜山に向かうヨットから転落、救助の甲斐も無くあっけなく死んでしまった。

5月3日のお通夜、4日のお葬式と二回彼の死顔を見てきた。
何ごとにも優先して、そのためだけに博多に向かった。
そうしないと、彼の死が「嘘だろ!」としか思えなかったのだ。

彼の死顔を見てようやく彼の死を現実のものとして実感した。
それは、年老いて、或いは病の果てに死んだ人たちの顔とは全く違っていた。
こんな表現はおかしいのかもしれないが、日に焼けた、とても力の漲っている、元気なスポーツマンの死顔だった。
ただ、落水したときに負ったであろう傷口の腫れが唇に、命綱をクルーのメンバーに引かれたときの鬱血したミミズ腫れが肩にくっきりと浮き出ていた。それは、極端に表現すれば彼の聖痕のようなものだ。
事故の時、同じクルーのメンバーとして船に同乗していたヨットのオーナーに挨拶し、少しだけ話をすることができた。誠実で謙虚な人柄がその風貌から感じられた。 彼をふくめて計4人のクルーのメンバーと、息子の悠史君、弟の英二君に丘ふみの句文集を手渡すことができた。
葬儀に出席していたヨット仲間も御家族やご親戚の方々も、そして我々学友も、みんなみんな彼を深く愛していたことがじーんと胸に伝わってきた。

彼の死はとても残念だが、可哀想だとか悔しいとかいうものでもない。ただ、生と死の、静謐な挨拶をしっかりとかわすことができたことが嬉しかった。

宇宙清浄 天命無常 

この後に続く自分の人生の中で、彼の生と死はなんどもなんども私の心を揺り起こすことだろう。彼は海と風と白シャツと、この季節の「新緑」がよく似合う男だった。人は生きてある限り、いつでもどんな時でも「エヴァグリーン」である。
彼との思い出を碑とするために、私は5月1日のその日を勝手に「白鴨忌(はくおうき)」と呼ぶことに決めた。

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以下、私の手元に届いた「丘ふみ」メンバーや同級生からの追悼メールを「部長」という名のもとに独断で掲載させていただきます。一部、私信を無断で掲載するようなことにもなりますが、どうぞ、白髪鴨さんへの追悼文だと理解してお許しください。

※葱男 5.1 21:38
今日の昼にマハナ氏から一報がありました。夕方には白川先生から夕刊に一木君の記事が載っていると電話がかかってきました。
「嘘やろ!」と思いました。昨日の朝には「部長 すみません。今月は欠席です。(俳句クラブのこと) これから釜山へ出発します。」とメールがあったのです。ああ、ヨットレースだなと思いました。
まだ全然実感がありません。
「丘ふみクラブ」100号記念句文集に書かれた彼の文章 を紹介したいと思います。

※阿Q 5.2 2:15
一木君って、昨秋の吟行の打ち上げで僕の隣に座っていたひとでしょうか?たしか博多でクルーズの舟を持っていると言っていたが…。
ご冥福を祈ります。

※雪絵 5.2 9:45
今日のこの青空は、一体誰のためにあるんでしょうね。
海の男が海で死んだらさまにならないから、早く帰っておいで!って、みんなで言おうよ!
2月10日、4人(白、砂、五、雪)でドームに行って、そのあと一木君の提案で海を見に行ったよね!
その時、一木君が持ってきてくれた梅ヶ枝餅、ほんのりと温みが残っていておいしかった。 博多の海は北にある、って名台詞を言ってね!
この設定は一木君のさしがねだったんだ。
こんな素敵な思い出を残してくれるための・・。
帰り際に3人にあげた小さな小さなバレンタインチョコ、一木君は手にとってじっと眺めて、にこっと笑ってくれた。
そのチョコの味の感想をまだ聞いてないから、早く帰っておいで!
みんな待ってるからね!
昨夜9時過ぎ、原君から電話をもらい、訃報を知りました。
それからずっと最後となった日のことが思い出されて、苦しくてたまりません。
私でさえそうなんだから、葱男さんのことを考えると、もう言葉にはならなくて。
今日だけは泣いて過ごします。

※冨真弓(丘ふみ同級生) 5.2 9:49
中島君、 連絡ありがとう。突然の悲報に驚いています。 一木君とは結構よく話していました。私にとって とても懐かしい友達です。本当に残念です。家族の方々の悲しみを思うと胸が痛みます。ご冥福をお祈りします。

※メゴチ 5.2 10:31
先秋の句会で顔を合わせたのが最後でした。
あまり言葉を交わせなかったのが心残りです。
ご冥福をお祈りします。

※喋九厘 5.2 11:01
まさか!で、ようやくメールします。
私も先秋の句会で顔を合わせたのが最後でした。
「そのうちヨットに乗せて」「いいよ!」の会話が最後となってしまいました。
原孝之殿自宅で白川先生も交え4人で飲んだのも昨年でしたか?
大好きな海で本人もまさか?だと思います。
同じ太宰府の住人、句会の仲間としても
心からご冥福をお祈り申し上げます。
私もそのうち、たぶん近々、そちらに行きますので、また、軽く!一杯やりまっしょ!

※前鰤 5.2 11:02
一木君の訃報、驚きました。コンクリート打ちっ放しの部屋で呑んだこと、昨日のようです。 ニュースによると、身体にはロープが取り付けられていたけど、波が荒く、引き上げられなかったとのこと。何とも残酷です。好きなことをして命を落とすことは本望だという人がいますが、死にたいと思っている筈はなく、ただただ残念です。

※水音 5.2 11:25
嘘だ! 信じられません。信じたくありません。
昨秋の句会のときは あまり話せませんでした。
白髪鴨さんの句評 大好きでした。

※佐野淳一(丘ふみ同級生) 5.2:13:21
一木君の訃報に接し、心よりご冥福をお祈り致します。
私は3年9組の同級生でしたが話す機会はあまりありませんでした。しかし、印象深い数人の同級生の中に彼は入っていました。
男らしい雰囲気で応援団に所属していたと思います。昨年の還暦同窓会で卒業以来に出会ったときは、白髪になっていて、しかもすごく優しい雰囲気なので別人のようで驚きました。

※久郎兎 5.2 15:23
一木君の訃報に驚いています。未だに信じられません。心からご冥福をお祈り申し上げます。彼は応援団にいたとのことですが、全然面識がなく、関西のミニ同窓会や俳句の会で10年前からの知り合いです。丘ふみ游俳倶楽部第一号の特選一席が彼の句でした。断片でうろ覚えですが「・・きっぱり・・夾竹桃」、「きっぱり」が新鮮でした。彼とは性格が真逆だったのでお互い目を合わせて喋ることはありませんでしたが、俳句では投句が匿名なのでお互いに評価していました。前々回も評価してもらって嬉しかったです。昨年の福岡同窓会の翌日に句会があり、その打ち上げの飲み会が最後でした。その飲み会の帰りがけに、僕は高校の時は、ケツがでかくコンプレックスがあったと打ち明け話しをしたとき、初めて一木君の表情が緩んだのを今でも覚えています。

※五六二三斎 5.2 16:33
昨日、夜に一木君の突然の訃報を中島君より聞きました。西日本新聞の夕刊にも大きく取り上げられていて、現実を受け入れるしかありません。
取り急ぎ、眞鼻君より聞いた一木君のお通夜、告別式の日時、場所をお知らせします。
一木君は、2004年7月に始まった丘ふみ游俳倶楽部の第1回ネット句会の栄えある特選一席受賞者でした。
一席
●忘られぬ道きっぱりと夾竹桃 =一木
我々は君の男らしさとロマンあふれる人柄を忘れないよ。
合掌 

※上永龍三(丘ふみ同級生) 5.2 17:52
突然の訃報に吃驚しています。
心より御冥福をお祈りいたします。
残念です。

※前鰤 5.2. 18:12
関一呑の皆様
今朝になって、一木君の訃報を知りました。ヨットで韓国に向かう途中、対馬沖で大荒れの海へ転落されたとのこと。ネットのニュースでは、ヨット歴40年だったそうです。ただもう驚きで、言葉も出ません。
彼の関西在住の時には、彼のマンションで集まり呑みましたね。関一呑へは、いつも予定が合わなかった(いつもヨット優先でした)ようでしたが、大切な仲間でした。
筑紫野市の善光会館で3日お通夜、4日告別式だそうです。そこで、関一呑を代表して弔電を送ろうと思います。勝手に進めさせてもらいますこと、ご了承下さい。
よろしくお願いします。

※スライトリ・マッド 5.2 22:29
昨日知らせを聞いたとき、心がざわざわして落ち着かない気分になりました
なんで?いざというときのために命綱しないのかな?と単純に思ったのですが・・助けられないほどの荒天だったとか・・
海を愛してた人が・・・ショックに感じたのは、俳句の同好会でずっと毎月いっしょにやってた仲間だったからかもです
蛙石(水音)さんも言ってたけど、私も一木君の真摯な句評というか俳句に対する姿勢が好きでした
もうあれが読めなくなるとはさびしい限り・・です
一木君と一度も直接お目にかかったことはなかった
ネットのニュース画像で流れた彼の生前の写真を見たのが、最初で最後の邂逅となりました
合掌

※メゴチ 5.2 23:01
一木くんの句が読めなくなるのは残念でなりません。
合掌。

※資料官 5.2 23:43
昨晩丘ふみ游俳倶楽部最初からのメンバーの1人一木君の訃報を聞きました
丘ふみ游俳倶楽部では,彼の独特の句風もさながら,真摯な句評が光っていた
私は極めて希でしたが,彼の句評があると嬉しかった
●白梅や墨絵を走るレールバス=資料官
○白△二,夏=4点
(白髪鴨:新藤兼人監督の映画「北斎漫画」,そして巨匠黒沢の「どですかでん」が頭の中をよぎりました。静止画と動画の絶妙な組み合わせがこの句の中にはあるようです。そのバランスの良さが選の主因です。)
昨年11月の還暦丘ふみ会,当初エントリーされていなかったけど彼は急遽参加。
会場で簡単に声をかけ合ったのが最後になりました
●海の底鯨の歌にわれは寝ぬ =白髪鴨
好きな海だったかもしれないけど,ちと急ぎ過ぎではありませんか
合掌

※香久夜 5.3 0:13
中島部長のお哀しみ、我々の想像以上かと思われますが、お気を付けて行ってきてください。丘ふみゆう俳倶楽部 の仲間として、大きなものを失った哀しみの気持ちも一緒に お伝えねがいます。

※前鰤 5.4 8:39
関一呑の仲間であった一木君の訃報に接し、言葉もありません。
大阪の社宅では、コンクリート打ちっ放しの部屋で仲間と美酒を酌み交わさせていただきました。どっしりと落ち着いた静かな風貌はいつもかっこよく、影ながらあこがれておりました。高校時代、強風の中で応援団の旗を必死で持ち続けたのは、一木君ではなかったですか。
今はただ、ご冥福をお祈りいたします。

※秋波 5.4 17:00
こんにちは。秋波です。
一木君のご葬儀はいかがでしたか。何かまだ動揺しています。
去年3人で俳句談義をしたのがつい昨日のことのようで。
あの時彼からもらったCDが形見になってしまいました。
また彼の話を聴き彼の文章を読むのを楽しみにしていましたのに…。
仕事を退職して、これからが本当のお楽しみの人生になるはずだったのにと思うと、無念で、残念で。
山男は山で、海の男は海で死ぬのが宿命なのでしょうか。
イイ男だからって、攫っていくなんて海の女神様もいじわるです。
中島君の哀しみも如何ばかりかとお察しします。
心から一木君のご冥福をお祈りします。   合掌

※夏海 5.4 23:27
部長はお葬式に来ておられたのですね
私、白髪鴨さんのお顔もほとんど知らないままでしたが 彼の句評にはハッとさせられたり、我が意を得たりという嬉しい気持ちになったり、、、何かと教わることが多かったです
こんなことになるなんて思いもよらず・・・残念至極です

※木笛(クラブOB) 5.5 7:08
120歳生きたとしたら まだあと半分残っていますね。
これからという時に。
一木君のご家族の皆さまのお悲しみはどれほどか。
御冥福をお祈りいたします。

※前鰤 5.5 11:13
一木君の葬儀に際し皆様方にメールしましたとおり、喪主 一木悠史様宛、以下の弔電を遅らせていただきました。 ご了承下さい。
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 還暦という人生の節目を迎え、次のステップへと前を向いた瞬間、大切な友のあまりにも突然の訃報に接し、ただただ悔しく、悲しく、言葉を失っております。ご遺族の皆様のお悲しみはいかばかりかと、お察し申し上げます。今はただ関西の地より、故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
筑紫丘高校第23回卒業生関西一杯呑もう会(関一呑)会員一同 代表 濱地 禎憲

※紅椿 5.5 11:34
この度の白髪鴨さまのご訃報には本当に驚きました。今でも信じられません。 葱男さんのお悲しみを思うと心が痛みます。謹んでお悔やみ申し上げます。

※ 阿Q 5.6 2:30
一木君とは結局、去年の吟行会の後の打ち上げの席で会って、隣の席だったので少々話をしましたが…また会って話ができると思っていたのに残念でした。気負いがなくてさっぱりした人でしたね。フェイスブックでとりあげてくれた海の文章もいいエッセイでした。

※君不去 5.6 10:28
一木君とは一度も言葉をかわしたこともないままでした。
勿論、高校のときからとても目立つ人でしたし知っていましたが、多分彼の持つ雰囲気に気おされていたのでしょう、昨年の同窓会でお見かけした時も、 何も挨拶もできないまま、「また今度・・」とすごしてしまいました。
その時の自分の意気地なさに腹立たしい想いもあり、もう句評をもらえない悔しさもあり、何故、どうしてという戸惑いやなんか様々がごっちゃになって鬱々としていたのですが、 部長の報告に救われたおもいです。
>彼の死はとても残念ですが、可哀想だとか悔しいとかいうものでもありません。ただ、生と死の挨拶をしっかりと静かにかわすことができました。<
今回の選句もその気になれないままだったのですが、今日一日締め切りまで頑張ります?楽しみます。

※水音 5.6 14:01
なんだかなぁ
選句の手が止まったままでした。
個人的には、早い死が不幸とは思っていはいないけれど(思い込もうとしているのかも)彼自身はもっと生きたかったはずだし、私もこんな形で、お別れしたくなかった。
葱男さんはしっかり受け止められたのですね。
私は不在に慣れるのに、しばらくかかりそうです。

※ひら百合 5.6 15:37
今回はつらい選句になりました.
仲間がこのようなことになるとは・・・
突然で,なんといってよいか.
100回記念句集の文を読ませて頂くと,これは彼にとって本望だったのではないかと,思ってしまう.
それが唯一の慰めです.

※まさこ 5.6 17:24
一木様のご冥福を心よりお祈りいたします。
大変驚きました、人生にはいろいろありますね。。

※香久夜 5.6 23:41
大変な1週間でしたね。本当にお疲れ様でした。部長なりに、彼の死を受け入れることができたご様子で、安心しました。
心が疲れてるときは、体も疲れています。どうか、ご無理なさいませんように。
白髪鴨さんへの哀悼の気持ちを共有したく、一文を投稿します。
●白鴨の海より夢に翔びたてり
いつも、丁寧なコメントをくださって、何とイメージの豊かな、ロマン溢れる方だと思っておりました。少々難しいことばが多かったのですが、稚拙な句にも、夢を読みとってくださり、自分でも気付かないところまで表現してくださいました。
こんな形で句友がいなくなるとは、思いもよらないことでしたが、白髪鴨さんのご冥福をお祈りしつつ、またコメントをもらえるような句を詠めればと思います。

※古賀幸彦(丘ふみ同級生)5.7 10:32
この度は一木殿の訃報に接し、大変驚愕しております。
第二の人生を歩み始められた矢先の不慮の事故とのことで、ただただご冥福をお祈り致します。

※雪絵5.8 10:10
時間をつくれるのなら仲間たちとの語らいにも使いたいと、この年齢になって強く思うようになっていたのですが、こんな悲しい別れもあるということを、思い知らされました。
突然の別れにただただ戸惑い、葱男部長に取り乱したようなメールを送ってしまって、申し訳なく思っています。
3日の通夜では一木君が亡くなったことをこの目で確かめ、4日のお葬式ではさよならを言って、顔のそばに花を添えてきました。
神奈川の海で長くヨットに乗っていたという一木君にとって、北に位置する博多の海は新しい発見のようでした。そしてそのことを自分に言い含めるように語っていました。
でも結果的に命を奪った信じ難い海でもあったということ。
今、一木君はこのふる里の海を、一体どんな思いで見ているのでしょうか・・。
どんたくや友は浄土に導かる
人垣に探す人影青葉風
北に在る海の青さや白鴨忌 合掌

* * *

* * *

※砂太
残念無念 海の男が彼岸へ。
海を渡って行った
とてもくやしい 彼の句評は天下一品、もう聞けなくて淋しくて
最後に会ったのは五六二三斎宅
飲んだ、語った
通夜の席の顔黒の写真 海の男だったなー
そして句の人でも

■弔
見上げたる花アカシアのふと潤む
男達の涙や夏の海荒れて
残る男の子声の確かにてまり花