ドン急修学旅行列車 東へ=喋九厘   


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1969年(昭和44年)10月26日 今から、ちょうど50年前の本日今夜、まだ17歳だった高2の私たちは、夜行列車で、 晩秋の富士山、小諸、軽井沢、東京方面へと修学旅行に旅立ちました
夜行座席車に往復2泊+宿3泊の5泊6日の行程でした…

鉄道ジャーナルと言う鉄道雑誌で、ちょうどルポルタージュの一般公募があっていましたので、 我ら修学旅行の往路、夜行座席車の旅の様子を、『ドン急修学旅行列車 東へ』と題して、 写真と文でこれに応募したのです…

皆さんの修学旅行の思い出は、いかが?覚えていますか?
やや長めとなりますが、興味ある方は、遥か50年前の話をドウゾ?残っている資料で、再構成してみました…

■ドン急修学旅行列車 東へ■

10月26日夕刻の、博多駅コンコースに17時集合。
18時16分 ダイヤより3分遅れで、熊本から回送されて来た 団体臨時8206レが、4番のりばに入線。
正確には、44年秋季九州高校連合列車と呼ばれていたらしいが、定期列車には付く愛称など、名は無い。 交流電気機関車ED72 19が牽引。
博多 3分遅で18時19分 出発進行!

客車は12両編成で、座席車ばかり。これらが、我らの今夜一晩の宿である。
(やや鉄道用語が増えまするは、ご容赦)
オハ36 、オハ46 、オハ47、スハフ42 、ナハ11など、実に7車種もの、各地から寄せ集められた、波動輸送用のいわゆる旧型客車たち

。 小倉1分停車で、やや遅れを引きずり19時17分頃発車。
ここで、もう一校、田川市の西田川高校が乗車して来る。
我らが前7両、彼らは後ろの5両が指定車両。

なんと、かの学校には、同い歳の従兄弟が通っており、同じ列車で同じ日に関東方面への修学旅行に旅立つ奇跡のような偶然! (他校の車両への立ち入りは遠慮するようにで、12両総ての客車車種と車両番号までも確認は、彼の協力のおかげ。)
私の乗車客車は、7号車スハフ42 282という具合だが、全体の記録紹介は更に長くなるので、他の車両は割愛。
後藤寺にある彼らの学校は、小倉まで日田彦山線を、C 11形蒸気機関車牽引の普通列車でやって来たそう…

門司 約7分の停車で、関門トンネルの直流電化区間に入る為、ED 72から、一駅間のみのワンポイントリリーフ、 交直流電気機関車EF30 11に交代して、19時30分過ぎに発車。

下関に5分の遅着。 ここから登場は、東京までロングラン走行の直流電気機関車EF58 116。
少しでも遅れを取り戻すべく、機関車交換を終えると、19時48分頃には発車。
小郡11分停車の間に、名古屋ゆき581系寝台電車特急『金星』に追い抜かれる。

21時04分 定時運転に戻る。   徳山2分停車の21時50分発。 下松に11分停車して、東京ゆきブルートレイン20系『さくら』に道を譲る。
柳井22時38分、岩国23時10分、宮島口23時28分、広島5分停車の23時56分発。

瀬野で4分の運転停車をして、後ろにEF 59形電気機関車を連結。
セノハチと呼ばれる急勾配区間を後押しする為。0時16分発車。 
糸崎1時23分、福山1時53分、倉敷2時31分、岡山5分停車の2時52分発。
姫路 4時12分発。7分停車の間に新大阪ゆき581系寝台電車特急『月光1号』を先行させる。
神戸5時08分、三ノ宮5時13分、大阪4分停車5時44分発。ここから列車番号を、8206レから8102レと変更。

新大阪わずか1分停車で5時49分発、ここで西田川高校下車。
従兄弟の彼に、東海道新幹線の初乗車の先を越され。
京都8分停車で洗面所などの水を給水。6時28分発。
大津6時40分、5分停車の米原7時40分、岐阜8時24分、名古屋5分停車の8時53分発。
豊橋9時49分、浜松でも5分停車で10時22分、そして我らの下車駅、静岡に11時23分到着。
列車はこれ以降空車で、東京14時09分着まで回送列車となる。

我らは、静岡から富士急行バスに分乗し、白糸の滝や富士五合目へと向かったのであった…
かくして、博多から静岡まで、営業距離1018.0km、所要17時間04分の往きの夜行列車の旅が終了。

博多から静岡までの表定速度59.65km
(走行距離を停車時間も加えた所要時間で割った、1時間あたりの平均速度)
当時の定期急行『霧島』は、同区間を16時間18分で表定速度62.45km。
ちなみに特急『さくら』は、ここを所要13時間58分で、表定速度は72.89km。

ドン急とは、ドン行と急行列車を組み併せた私の造語でしたが、 臨時列車ながら、実際はそれ程は遅くありませんでした。
3本の特急列車に追い越されはしましたが、 まだたくさん走っていた夜行急行の定期列車には、追い抜かされませんでした!

昭和45年冬に発売された鉄道ジャーナル1月増刊 列車追跡シリーズ4に掲載された記事を一部複写してお届けです…
添付のラストは、最初の訪問地 白糸の滝でのクラス記念撮影。

我が2年時の男女クラスは、 女子28名、男子18名の構成でした…
50年前の写真と言う事で、顔写りご容赦です。
また、前回の私の顔写真、皇居前と申していましたが、 浅間山鬼押出しの溶岩の上に立ったモノでした…訂正致します。

秋の夜長に、思い出にふける。これもまた由し?として下さいませ。


  


*喋九厘さん *武道館前 * *白糸の滝 * * * * * * *


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