連歌集「月のかほり」



「菅公の巻」

【初折表】
発句      ●菅公を慕ひて今も梅一輪:雪絵
脇       ●匂ひ忘れじあの春の風=月下村 
第三      ●白魚の哀しいまでに澄みきつて=なを
四       ●ごめんなさいね君喰みし夜=すま
五       ●夕月夜遠い昔の姿して=五六二三斎
六       ●濁り酒酌む手の皺深し=雪絵

【初折裏】
折立      ●鳥乃姫歌の色葉も紅を挿す=月下村
二       ●覚え始めの都都逸ひとつ=なを
三       ●逢ひ引きの襦袢の紅緋はんなりと=すま
四       ●眠られぬ夜おもひみだれて=ひら百合
五       ●オオスギの探し求めし美は実り=月下村
六       ●学び舎にある二宮尊徳=なを
七       ●オルガンの指のあはひや夏の月=雪絵
八       ●キャンプファイヤーはずむ歌声=五六二三斎
九       ●空浮かぶピンクの豚の微笑みし=すま
十       ●余命わずかの友の枕に=宵越
十一      ●花明りいのちに明りあるごとく=なを
折端      ●陽炎の路歩み進まん=五六二三斎

**************************

【名残表】
折立     ●連歌とふ荒野に七人種を蒔く=月下村
二      ●朝まだき突くアストロの夢=すま
三      ●たつろうもまりあも好きなボーイかな=月下村
四      ●期待のであいあな肩すかし=ひら百合
五      ●感動と勇気のこして春隣=雪絵
六      ●輪の外に座す嘆きの天使=月下村
七      ●たはむれに戀などはせぬ茜雲=なを
八      ●後ろ姿に電気走りて=すま
九      ●ちちははの遺伝子ここに生きづきて=雪絵
十      ●呼べばこころに吸えばからだに=月下村
十一     ●月ほのか白き祈りのなかに棲む=なを
折端     ●聖獣といひ邯鄲といふ=月下村

【名残裏】
折立     ●花蕎麦の揺れる畑に夕菜摘む=ひら百合 
二      ●黄昏どきに古里想ひ=なを
三      ●野に咲きて野に措くひとの静かなり=月下村
四      ●やさし眼差し名草の芽にも=五六二三斎
五      ●同胞(はらから)に会へし時あり花の刻=雪絵
挙句     ●ウムからサクへうららうつろふ=月下村

*7/FEB./2006 起首  1/APR./2006 満尾

句上げ
ひら百合3句、宵越1句、すま5句、なを7句、
雪絵6句、五六二三斎4句、月下村10句。

**************

『菅公の巻』鑑賞/月下村編


【初折表】
 千年余りの時を越えた今も、変わることなく、亡きあるじを守るかのように梅の古木に、白い小さな花が咲き始めていた。

忘れる事はない、あの春の風。
室見川を上って来る白魚の体は哀しいまでに透き通っていた。
あの日、罪の意識が頭の何処かに白く淀んでいるのをずっと感じていた。
僕等は一つになった。貴女は僕の一部であり、僕は貴女の一部になったのである。

夕べの月は遠い昔に見たあの時の月と同じ姿をしている。
一人酒を呑む。手酌する自分の手をぼんやりと眺めてみる。年月をやり過ごして来た証のように、深く皺ぶいた手が当たり前のように其処にあった。

【初折裏】

鳥のさえずりを聞くように、貴女の声を聞いた。
まだ、詠みはじめたばかりのその人の句は、いかにも初々しく、含羞の色さえ含んでいた。
逢い引きの夜の、襦袢の色ははんなりと紅を差していて、ふたり眠られぬ夜に、それぞれの思いは千々に乱れた。
大杉栄の探し求めていた美のように、僕等の愛もまた乱調の中にあった。

貴女の勤める学舎の前庭に、二宮尊徳の銅像がある。
音楽教師である貴女が、生徒達の為にではなく、自分の為だけに鍵盤を叩く時、そのしなやかな指のあわいに、美しい月の光が射し込んだ。
夏には生徒達も一緒にキャンプファイヤーを囲んだ。 そして、色んな国の素敵な歌をみんなで唄った。

もうひとつの違う場面(シーン)。
空に浮かぶピンクの豚が、微笑むように淡い光を地上に注いでいた。
あの日、余命幾許もない友の枕元に佇み、貴女は命ある限り、花明かりの燃えるごとく、陽炎の道を歩いていたのか。

【名残表】

連歌という厳しい文学世界を切り開こうとして、7人の仲間が集まったのだ。
夜明け前、宇宙はまだまどろみの中にいて、我等は少年に戻ったような気分で、歌を歌った。

出合いとは不思議、不確かなものである。相手にのめりこんでみたり、逆に肩すかし喰らったりと、それが辛くもあり、また楽しくもある。
ひとの世を外から眺めているだけではいつまでたっても「嘆きの天使」のままである。
出合いは人生最大の感動であり、勇気なくしては人は何物とも出合うことはできまい。
夕日に誓って言うけれど、決して戯れに恋をしていたのではなかった。その人の後ろ姿を見た瞬間に、電流が背中を奔ったのだ。
父母から、先祖から代々受け継がれてきた血が騒いだのかもしれない。まるで呼吸をするように自然に深く、その人の存在が私の心と体に沁み込んて来たのだ。

月は仄かに白く、祈りの色を空に浮かべている。
この世のものではない、聖なる架空の動物にも似て、夢の中から貴女は立ち現れたのだ。

【名残裏】

蕎麦の花が揺れる畑に、野菜を摘んだ。
黄昏れ時には古里を想った。
野に咲いた花は野に措いて帰るのが一番良いだろう。
名も無き一本の草にも限り無く優しい眼差しを注ぐひとがいて、一輪の花にも花の刻がある。
仲間たちに会えてよかった、貴女に会えて良かったと、その花を見て思う。
何かを生み出そうとすることは、まさに私達の存在をこの世界のうちに咲かせようとする事なのだから。 (了)  



******************************

*第1回「猫柳の巻」 *第2回「竹林の巻」  *第3回「茶の庭の巻」 *第4回「若草の巻」 *第5回「椿の巻」   *第6回「櫻餅の巻」 *第7回「幻世の巻」 *第8回「水辷る掌の巻」 *第9回「天平の巻」 *第10回「枯萩の巻」 *第11回「折鶴の巻」


*連衆

●奈緒:なを
東京は「蘖の会」の事務局長、及び「はるもにあ」「たみ句会」会員。俳句喫茶店「つぶやく堂」客人。
「なをやかさ」とでも形容してみたくなるような、独自の美しさと才能を備えた歌人。
句暦八年、独自の感性を持ち、男性を悩殺する戀句の達人。

●宵越
東京は目白の句会「め組」(目白遊俳倶楽部)の連衆。
他にも某同人誌にエッセイを連載するなど、多方面で精力的に文筆活動を行う。
飄々とした風貌に、意外と浪漫的な句風。

●須磨:すま
「丘ふみ游俳倶楽部」同人。倶楽部でも屈指のストーリーテラー。
春のようにおおらかで独創的な句風は永遠なる童女の風骨。
大胆にして清純、繊細にして官能的。

●五六二三斎
「丘ふみ游俳倶楽部」同人、「め組」(目白遊俳倶楽部)の連衆。知る人ぞ知る、俳句会のサラブレッド。
ごろにゃん、と甘える時には可愛いが、俳句に対する真摯な姿勢は究極のダンディズムにも通じる。

●ひら百合
「丘ふみ游俳倶楽部」同人。俳句にも一陣、遠くアメリカはイリノイからの風を運ぶ国際派。
芸術一般にも常に好奇心は胸いっぱい。半分アメリカ人なのか、その気質はさっぱりとしてフランク。

●雪絵
その名前に相応しく「雪」=クールで「絵」=ビューティーな薬剤師さん。
処方する薬だけでなく、その神秘的な風貌と声に、中年男のやまひは間違いなく、すぐに癒されるでしょう。
大人の女なのに初々しい、句風も本人もそんなミステリアスな存在です。

●月下村:葱男
「丘ふみ游俳倶楽部」主宰、「め組」(目白遊俳倶楽部)の連衆、「つぶやく堂」客人。「百鳥」神戸支部会員。@葱男、苦味ばしった焼き葱をめざすもまだまだ油の落ちきらぬ二流焼き鳥俳人。
ケッコウ、ケッコウ、かんら、からからと威勢のいいだけが取り柄。


***********************

■OB会員

●入鈴
「丘ふみ游俳倶楽部」部員にして、千葉は北総原山のイラストレーター。
才気煥発、思考回路そのものがアート。

●木笛
神戸は六甲にお住まいの、洋菓子とクラシック音楽大好き人間。
学生時代から続けていらっしゃる木管の演奏と、地元の合唱団ではソプラノを歌います。