連歌集「月のかほり」



「折り鶴の巻」

発句    ●折鶴は紙に戻りて眠りけり=修宏
脇     ●目覚めの瞬(しゅん)に満ちくる淑気=月下村
第三    ●ねこ柳銀ねず坊や萌葱着て=すま
四     ●やはき光に百千鳥鳴く=奈緒
五     ●夏の月窓を開ければセレナーデ=五六二三斎
六     ●おさげの髪に夢を結びて=雪絵

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裏移
一     ●再会は君も二人の弐番館=ひら百合
二     ●あの日の余韻いまだに消えず=奈緒
三     ●筆留めて思い断ち切る雨の午後=雪絵
四     ●こわれるわたし南無不可思議光=すま
五     ●七癖の記憶遠のく八月尽=月下村
六     ●チキンライスは母の賄(まかな)い=五六二三斎
七(秋の月)●秋半ば梢の先の月を見て=宵越
八     ●添水の音を歌の枕に=奈緒
九     ●ソンソンと雪フリヤマズ光悦寺=月下村
十     ●匠は茶の湯釜を見つめり=五六二三斎
十一(花) ●花篝希望てふ名の朝を待つ=奈緒
挙げ句   ●山笑ふ今空へ帰らん=月下村

*17/JAN./2006 起首  28/JAN./2006 満尾

句上げ
修宏1句、ひら百合1句、宵越1句、すま2句、奈緒4句、
雪絵2句、五六二三斎3句、月下村4句。

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『折り鶴の巻』鑑賞/月下村編

【表】
 ・・・そんな折鶴もいまは形を解かれ、残っている折り線がわずかに鶴であったことを示すのみで、 羨ましいくらいに安らかに眠っている。

 目を覚ます。ここは何処だろう。壁にルドンの小品がある。素敵な青の色だ。
新しい年の始りである。宗教画の青き淑気が部屋一杯に香り立ち、窓を開けて外の世界にも漂い始める。
河畔には猫柳の芽が銀狐のコートを着て御機嫌のよう・・・。世界は萌葱色の活気溢れ、柔らかい朝の光の中で水鳥達が大きく羽根を広げる。こさぎ、青鷺、鴨、都鳥、鳰。
春や春、断頭台にも花が咲くぅ〜〜。

 夏、二階の窓を開けて満丸に熟した美味そうな月を眺める。グレン・ミラーのムーンライト・セレナーデをレコードで聴く。スウィング、スウィング、スウィング。
あの頃の君は長い髪を二つに分けて上手に束ねていたね。あの頃の君は何を夢見ていたの? 松井須磨子やマルレーネ・ディートリッヒみたいな女優さんになる事?
それとも僕のお嫁さんになる事だった?
 

【裏移】
 大人になって偶然に再会したのは場末の映画館だった。
君の横にも僕の隣りにも恋人がいて、二人は気まずそうに、少しお互いの近況を報告しあっただけでそのまま別れた。
あの日の事が今も忘れられない。手紙を書こうとして、それも未練だと気がついた。
冷たい雨の午後だった。思いを断ち切ろうと心に決めた。
けれども自分の中の何かが、音を立てて確実に壊れていくのを強く感じていた。
「南無不可思議光」、すべてを神の御手に委ねて、このまま時が過ぎてゆくのを待つ事しかできなかった。私の精神は無力だった。成す術は見つからなかった。

 夏も終わりになる頃には、どうしても頭蓋にへばりついて離れなかった、髪を掻き揚げる時の仕種、ちょっと拗ねたようにとんがった唇の記憶も、少しずつ薄らいでいくように思えた。
七年前に亡くなった母の、御自慢のチキンライスの味が懐かしく思い出され、ある日、町の洋食屋に出掛けた。プラタナスの梢の先に秋の美しい月が見えた。
近くの古刹にもしばしば出掛けてみた。蹲いの添水が頭の中で乾いた音を立てた。
過去のなにがしかを忘れるために、絵空事のような句を詠んでみたりもした。
 本阿弥光悦ゆかりのその寺に、今年の冬はたくさんの雪が降り積もった。季節は幕間の吐息の如く、ほっというため息をついている間にも移り過ぎてゆく。
その昔、匠は「大虚庵」に茶の湯の釜を見つめ、事の次第を悟ったのかもしれない。草木にも知られぬ風のかよひ来て・・・。

いつの世にも人生とはそうしたものだ。ソンソンと降り止まぬこの雪も、やがて雪解川の流れを下って、大海の春を迎えるのだろう。満開の桜の下に焚かれる篝火のように、未来には希望という名の朝が待っているはずだ。祈りを籠めたこの一葉の折り鶴も、山笑う季節にはまた、彼方、君棲む空へと帰り、私の熱い思いを届けてくれる事を信じて・・・。

●鳥雲にここはかつての遊び場所: (明るい月の下、小さな村に私は居ます。)

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*第1回「猫柳の巻」 *第2回「竹林の巻」  *第3回「茶の庭の巻」 *第4回「若草の巻」 *第5回「椿の巻」   *第6回「櫻餅の巻」 *第7回「幻世の巻」 *第8回「水辷る掌の巻」 *第9回「天平の巻」 *第10回「枯萩の巻」