連歌集「月のかほり」
「幻世の巻」
【初折表】
発句 ●幻世の遺跡に沈む夏の夕＝月下村
脇 ●はらはらと舞ふ美し夏蝶＝すま
第三 ●懐かしき夢追ふお方の戻られて＝なを
四 ●思いを馳せりトスカーナの丘＝雪絵
五（月） ●星月夜甍の影に窓あまた＝入鈴
六 ●硯を洗う現しびとかな＝ひら百合
【初折裏】
折立 ●書にて問ふ秋園の地に日は出づる＝月下村
二 ●遠い記憶を誘ふ朝＝なを （いざなう/あした）
三 ●とうななつ教会の庭熱き接吻＝月下村
四 ●踏みはづす道ありやなしやと＝なを
五 ●光さし雨のプリズム虹架かる＝すま
六 ●屈折率は秘密の紫＝入鈴
七（冬の月）●閉ざされた表白の門月氷る＝月下村
八 ●退路はなしや君のペチカに＝五六二三斎
九 ●泣くときは車の中でこっそりと＝なを
十 ●信じることの揺るぎ無きこと＝すま
十一（花） ●「待ち受け」の未だ桜の替えがたき＝雪絵
折端 ●不意の着信あり告天子＝月下村
【名残表】
折立 ●春霖の髪の縺れをほどきつつ＝なを
二 ●シーザーサラダばりばり食みたし＝入鈴
三 ●オッソブッコトリッパコッツェペコリーノ＝月下村
四 ●キムチビビンバ韓流浪漫＝なを （はんりゅうろまん）
五 ●そびえ立つ飾りの山に夏を見る＝雪絵
六 ●利かん気坊主入道の雲＝月下村
七 ●江ノ電の海を従えことことと＝なを
八 ●改札口に行き交ふ寸劇（ドラマ）＝月下村
九 ●わたしだけくれるスマイル近づきて＝すま
十 ●必死に隠す叶はぬ想ひ＝なを
十一（月） ●潜りぬけ思はず出会ふ月ありぬ＝入鈴
折端 ●燈籠あまたやがて集いて＝月下村
【名残裏】
折立 ●山澄むや精霊たちの棲む処＝すま
二 ●ふわりふわりと天女の羽衣＝なを
三 ●走り終え精も根をも尽き果てり＝雪絵
四 ●東の空に春の虹たつ＝なを
五（花） ●生まれしを花の祭りと言祝（ことほ）ぎて＝月下村
挙句 ●ジェニスの祈り春雷となれ＝すま
句上げ：須磨＝６句、菜緒＝１０句、雪絵＝４句、入鈴＝４句、ひら百合：１句
五六二三斎＝１句、月下村：１０句。
＊12/JUN./2005 起首 19/JUL./2005 萬尾
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『幻世の巻』／鑑賞（月下村篇）
【初折表】
古代遺跡をシルエットに、夏の暑い太陽が長く影を伸ばす夕暮れ、儚げに舞う美しい蝶の姿を見た。懐かしい、夢にまで見たあの人が、今、蝶の姿を借りてここに舞い戻って来たのだろうか。
過ぎし日のトスカーナに思いを馳せる。澄み渡る今宵の星月夜は、家々の屋根や窓を煌々と照らし出している。明かり窓に映る人影は、つい今しがたまで、誰か大切な人に手紙をしたためていたのだろう。
【初折裏】
この、困難な時代にも、明日になればちゃんと約束の太陽はこの地上に昇ってくれるのだろうか？ 遠い記憶を誘う朝の目覚め。
１７才の夏、教会の庭で初めてキスをした。恋に安全で確かな道などない。雨に光が差して、虹のプリズムが現われるように、想いは屈折しても、ふたりの秘密の色は妖しく紫色に光る。どんな言葉を使ったとしても真実を伝えることはできない。一度、赤く燃え上がった炎はもう消えることがない。誰にも悟られないよう、泣く時は車の中でひとり泣く。信じる事しか他に道はなかった。携帯に届くはずの、あなたのメッセージをひたすら待っている時も、不意の告知は必ず天上から直接私の頭の上に舞い降りて来た。
【名残表】
こんなに劇的な日には、縺れた長い髪をほどいて、バケツ一杯のシーザーサラダをばりばりと食べたい気分だ。牛の骨髄の肉でも内臓でも、忌わしきム−ル貝でもこってりと甘い羊のチーズでもなんでも食べてやる。キムチやビビンパならそれは最高！
祭りの囃子に、飾り山に、狂おしく到来した真夏の饗宴が溢れている。腕白で利かん気な悪ガキの眼に、むくむくと沸き上る入道雲。海岸をコトコトと走る二両編成の電車。改札口には人と人の数々の出会いがあり、そして、私のためにだけ、あの人は素敵な微笑みをくれたのだ。
必死に隠す、叶わぬ想い。けれどあの人は月の出る夜更けまで、ずっと私と一緒に居てくれた。願いを込めた数多の灯籠が川から海へと流れ、やがてそれはおおきなひとつの光りの塊になった。
【名残裏】
振り返れば遠く、山々にはたくさんの精霊達が棲んでいて、天女は空から降りてきて、ふうわりと幾重にも羽衣を掛けるだろう。
走り終えて、恋に焦がれて、精も根の尽き果てて、夜を徹したあとの黎明に不思議な虹が架かる。
この世界に生まれた事に感謝しようと強く思った。ジェニスという名前の、「知恵」の女神が発する真実の声が、私の身体の隅々にまで轟きますように、と。
あなたというの存在に深い祈りを込めて・・・。
＊第１回「猫柳の巻」
＊第2回「竹林の巻」
＊第3回「茶の庭の巻」
＊第4回「若草の巻」
＊第5回「椿の巻」
＊第６回「櫻餅の巻」