「猫柳の巻」(第1回しらひと記念)

■初折表
発句    ●待ちわびる肌の白さや猫柳=なを
脇     ●なを顔施する上品(じょうぼん)の岸=月下村
第三    ●言の葉を指折り数へ明け染めて=なを
四句    ●けがれもなくにあらたまのあさ=月下村
五句(月) ●凍てつきし下弦の月に深呼吸=すま
六句    ●明日の寒さを吹き飛ばさんと=五六二三斎

■初折裏
初句    ●身をこごめ真冬の芯に結晶す=月下村
二句    ●凍星を待つ薄青の午後=入鈴
三句    ●迷い子の猫抱き寄せて冬の果て=なを
四句    ●マキは修司の幻に棲む=月下村
五句    ●嵯峨野路の酒舗に隠れしかぐや姫=なを
六句    ●せめてひととせ現し身のまま=月下村
七句    ●竹叢に吹き渡る風雪払ひ=入鈴
八句(花) ●畳紙(たたう)ひらきて花衣召す=なを
九句    ●薄紅の哀しき色の恋情ぞ=すま
十句    ●おとめごころのさくら/櫻よ=月下村
十一句   ●春立ちて泪を隠し履くハイヒール=なを
挙句    ●南風友に連れ山河歌はむ=月下村

句上(くあげ)
■月下村=7句 なを=6句 すま=2句 入鈴=2句 五六二三斎=1句
起首*30/JAN./2005

猫柳・鑑賞/月下村篇

初折表

春を待つ川辺に、猫柳の新芽が白く眩しい。指で撫でるとかすかに青虫の匂いがする。
春の精気まであと一息の川岸は、声が変わる前の少年のようにイノセントだ。
唇に触れることも知らず、文学と革命とについて熱く熱く語った夜に、私はやっと此の世界に生まれたのだ。
早朝の月は凍てつき、吸気5秒間で息を止め、身体の中に熾る熱情を待つ。

初折裏

身をこごめて、何時間も何日間も核心に巻いてくる衝動の在り処をさぐり続ける。
日と星は一巡して、気が付けば午後の薄青い空に金星が架かかっている。
めくらの猫が心のすみにうずくまって、私の傷口を舐めている。青い青い夕暮れにはどうしてこんなに悲しい声で鳴くのだろう。
マキはあれからずっと、修司の幻とふたりで棲んで居る。

嵯峨野の古い酒房を訪ね、もうこの世界にいるはずのない香久夜姫を探してみる。
せめてあと一年、かわらずに微笑みを返してほしかった。
荒れ野に吹き渡る雪まじりの風を払うように、打ち掛けの裾を翻して歩む君の姿を夢想してみる。
櫻もまた、哀しき恋情なのか、何も知らずに散っていったの櫻色のほほに、もうあの日の温もりは見つからない。
いつか、病床に君は珍しくわがまま云ったことがあったね。
「もう一度ハイヒールが履きたい・・」って。
このさきいつか、南から吹く風の頃に、私は山河を歌おうと思う。
君の不在にも美しく在る山河ならば。(了)