● 世界遺産にも登録されている町、マテーラに着く。 「岩窟都市」たるものの圧倒的な奇観、壮観は、写真で見た印象をはるかにこえている。 写真のイメージでは雑然とした迷宮のような混沌とした町を想像していたのだが、予想とはうらはらに、その町は整然として静かな印象を人にあたえてくれる。 貧しさゆえから、深い渓谷にできた洞穴をそのまま利用して造られた居住空間は、逆に、見るものに素晴らしいアート建築(たとえばアントニオ・ガウディのような)を彷佛とさせる。 都会の芸術家達がこぞってこの小さな町のサッシ(洞窟住居)に集まりはじめている理由がよく理解できる。 町の人達の人情も素朴でとても暖かい。 観光地としては驚くほどタクシーが少なく、駅前のタクシー乗り場で長い間どうしたものかと思案していたのだが、とりあえず、駅で誰かと待ち合わせていたであろうひとりのおじさんに、その日に泊まる算段をしていたホテルの名前を尋ねると、彼は「この町にはタクシーは1台しかないよ」とニッコリ笑って、それが当然の事のように自分の車で私達夫婦をそのホテルまで送ってくれたのである。 のっけから南イタリア人の素朴な人情と優しさに触れて、これからの一月間の旅は始った。 *一瞬を点描するや芥子の赤 |
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●マテーラに着くまでの車窓からも、芥子の花の深紅の色はとても印象深く私の心を捉えていた。 南イタリアの大地に広がるのは麦畑と、オリーブ畑、そして葡萄畑である。 羊もいる。馬も時々見かけた。つまりはワインとパスタとチーズ、そしてオリーブ・オイルが人々の生活の基本なのである。 その中にあって、ポピーの真っ赤な花の色は一際、強烈に目に灼きついた。 生命力の強い植物なのだろう、場所や条件を問わず、都会にも田園にも、その花が途絶えて見えないというところはない。 | |
●グラヴィーナ峡谷の岩窟都市に日が落ちる。
とても心安らぐ町と人達である。 「マテーラ」と題したスケッチ画は私達が泊まった[ALBERGO ITALIA]という名前の素敵なホテルの部屋の窓からの眺望だが、そこに3泊して、うっかり、チェックアウトの時に冷蔵庫の中の飲み物(ビールやワインを5〜6本は飲んでいたのだが)を勘定にいれずにクレジットを切ってしまい、あとで「これこれの飲み物代が申告もれだった」事を告げると、穏やかな暖かい笑顔でそこの女主人は言ったのだった。「いいわよ、まけといてあげるわ!(イタリア語が分かったわけではないのだが、確かにそんなニュアンスで・・・)」 マテーラはどんな国の人にとっても、そんな町であろう。 |