短歌集「さくらの花」



 ●傷つけし薄桃色の外套の 孤愁をいくつ覆いぬるかな

 ●囮なる罪にまろびて失楽す 悲の器よりたれか掬はむ

 ● 永遠に誓ふ 身も御心も真実もて 揺るがぬ想ひ道づれに生く

 ● 曠野往く 勇姿の肩に まぼろしの 可憐少女の 面影を追う

 ● 夜明け前 静けき深き 呼吸もて 気 ととのえつ 処女光を待つ

 ● 遠く近く 時のはざまをうずめむと 熱き眼差し 淡き 君抱く

 ● 半夏生を 過ぎて間近に太陽の 季節迫れり 牽牛織女

 ● 南風に 名残りの花の舞うがごと 昭和を記す 美もまた逝かむ

 ● 毎朝の 寝床に見舞ふ母ひとり 子と分かち合う命なりけり

 ● 一抹の 弧悲弄ぶ我に向け ゴール突き刺す 若きサムライ

 ● 父が昔 観た銀幕の中に住む スタアのごとき 遺影を拝む

 ● 現し世は 逢えば傷つけ合うことも 別れの時の 清き思ひ出

 ● 言の葉を 結ぶ間際の柔らかき 思ひにじっと 耳かたむける

 ● ほどなくも 慈雨に浸して 癒しませう 君にまみえず乾く瞳を

 ● 潮風と 甘きを競ふ汝が髪に 触れんと欲す 野卑許しなむ

 ● 逢瀬までに この高波を鎮めなむ 神の花咲くは深海の底ゆえに

 ● 雨降るも 花散るもよし その土に 熱く沁み入る心ありせば

 ● ギヤマンの 薄き器に酒を満て 壊れやすきを 大事に囲む

 ● 遠恋と 思しき夜半の薄墨の まだ咲き染めぬ さくらさくらは

 ● 眼差しに 戸惑う勿れ 我はただ 汝が掌の中の青き葡萄酒

 ● 夕辺の人 心に泊める寂しさに 鳴く身ひとつの 我はコオロギ