あやまるの岬にとても現代的でモダンな「田中一村記念館」が誕生した。 その偉容を誇る建物を見るだけで、どれだけたくさんの一村ファンが全国に存在しているのかが想像できる 今や奄美の代名詞は大島紬ではなく、この島を終焉の地に選んだ、孤高の日本画家であろう。 生前の、清貧な暮らしの中から生まれてきた彼の絵は、素晴しい環境の中で、今多くの観光客の期待にこたえている。 ふんどし一丁で必死に画業に殉じた亡き主のことを、彼等は一体どんな風に思ってそこに鎮座ましましているのだろう? | |
彼から何かを学べるとはとても思えない。 彼の生き方も彼の描いた作品も、わたしにはあまりにも遠すぎて、言葉にならない。 ただ一村の絵から感じられる命の哀感や、魂の郷愁にわが心が感応してしまうだけである。 「アーティスト」とかいう語感から一村は大きく隔絶している。 | |
居酒屋「一村」で富田さんも一緒に記念撮影。 今回で奄美に来るのは二回目だった。 前回来た時に初めて一村の「アダンの木」の本物を見た。小さな公民館にその絵が懸かっていた。 幸せな旅行気分に浸っていた私の目の前を、スーッと横切った彼の生きざまのタネのようなものが、今や南国の巨大な植物のごとくに私のなかに増殖しはじめている。 富田さんも「竜宮」とはよく名前を付けたものである。 玉手箱は開けないですむなら、開けない方が幸せかもしれない。 |